第20話 一階奥の部屋の住人

 コンコン

 守也氏が部屋の入口の襖をノックした。

「てらちゃんいる?」

 守也氏が中に向かって声をかける。

「てらちゃん?」

 僕は守也氏を見る。中の受忍はてらちゃんと言うらしい。

「てらちゃんいるかい?」

 守也氏がもう一度声をかける。だが、返事はない。

「てらちゃん?僕だけど。守也だけど」

 守也氏はもう一度襖をノックし、やさしく話しかけるように言った。

「はい」

 すると、しばらくして中からためらうように小さく声がした。

「えっ?」 

 僕はその声に驚く。中からした声は女の子の声だった。

「守也だけど、ちょっといいかな」

「えっ」

 中からちょっと戸惑う声が聞こえた。

「は、はい・・」

 そして、しばらくして、OKの返事が来た。だが、かなり戸惑い、嫌そうな感じのはいだった。だが、守也氏は躊躇なく部屋の襖を開けた。そして、そのままずけずけと中に入っていく。

「やあ、仕事中ごめんね」

「いえ・・」

 めっちゃか細い声が中で聞こえる。僕も守也氏に続いて中に入った。中は薄暗く、部屋の奥に置いてある古風な四つ足の木造の机の上に置いてある、レトロなオレンジ色の卓上ライトの明かりだけが部屋を温かく照らし出していた。

「・・・」

 中にいたのは、やはり女の子だった。めっちゃ色が白い。それが薄暗い部屋の中で浮きたつように際立っていた。

 漫画を描いていたのだろう、机の前に座った彼女は、身を縮めるようにしてこちらを振り向いている。部屋が薄暗く、うつむき加減なので顔はよく見えなかった。

「こ、こんな子がいたのか・・」

 なぜ、今まで知らなかったのだろうか。誰も教えてくれなかった。というか、今まで全然、外で行き会わなかった。同じアパートで暮らしていれば、時々見かけそうなものだが・・。

「てらちゃん、久しぶり、元気だった?」

 守也氏が気さくな感じで声をかける。

「は、はい」

 てらちゃんは何か怯えているように小さく答える。

「こっちは石森氏。新しくこのアパートに入ったんだ。君の真上の部屋だよ」

 守也氏は天井を指さす。

「よ、よろしくお願いします」

 てらちゃんは小さく頭を下げた。やはり、どこか怯えた感じだ。

「よろしくお願いします。石森です」

 僕も頭を下げる。

「あの・・」

 守也氏が言いにくそうに、あらためててらちゃんを見る。

「はい、なんでしょう」

 てらちゃんはやはり怯えたように返事をする。

「またちょっと、お金を貸して欲しいんだ」

 守也氏が言った。そういうことだったのか。僕はすべてを合点した。奥の手とは借金のことだったのか。

「分かりました」

 だが、てらちゃんはすぐにそう言って、机の引き出しを開けた。そして、中からお金を取り出した。

「今これしかないですけど・・」

 二万円だった。

「ありがとう助かるよ」

 それを守也氏はうれしそうに受け取る。

「いえ・・」

「今度、僕らの飲み会にもおいでよ」

「は、はい・・」

「じゃあ、仕事がんばってね」

 邪魔しちゃ悪いと、僕らはそこで早々にてらちゃんの部屋を出た。

「はい」

 部屋を出るとすぐに、守也氏が二万円のうちの一万円を僕に渡した。

「あ、はい・・」

 僕はその一万円を受け取った。

「・・・」

 そして、僕はその一万円札を見つめた。それはまぎれもなく一万円札だった。 


「あの人は?」

 早速、守也氏の部屋へと帰ってくると、僕は訊いた。

「寺田寛乃(ひろの)通称てらちゃん。このアパートの住人で唯一メジャー誌で連載を持っているプロの漫画家なんだ」

「そうなんですか。でも、今まで全然見かけたことなかったですよ」

「てらちゃんは、めちゃくちゃシャイな子なんだ」

「シャイ?」

「うん、だからめったに外には出ないんだよ」

「そんなにシャイなんですか」

「うん、尋常じゃないくらいシャイなんだ」

「僕も最近しばらくてらちゃんの姿見てないな」

 赤木氏も首をかしげながら言った。

「あまり大勢で行くと、てらちゃんに悪いと思って行かなかったけど、久しぶりに顔見たかったな」

 赤木氏が言った。

「そんなに人見知りなんですか」

「ああ、見たとおりだよ。極度の人見知りなんだ」

「・・・」

 そこまでなのか。僕は驚く。僕も大概内気な人間だが、彼女はさらにすごいらしい。

「というか、でも、漫画で僕らにお金を貸すほどお金があるならもっといいアパートに引っ越せばいいのに」

 僕と同じ狭い三畳間にずっといるのは辛いだろうと持った。

「シャイ過ぎて引っ越せないんだよ」

「そんなになんですか」

 僕はさらに驚く。

「うん、もう、お酒飲まないと人と話せないくらいシャイなんだよ」

「そうだったんですか。それで僕は今の今まで見かけたことすらなかったのか・・」

「そう、ほとんど部屋から出ないからね」

「・・・」

 彼女のあの尋常じゃない色の白さは、ほとんど外に出ていないということだったのか。

「まっ、とりあえずお金も手に入ったことだし、松葉行こうよ」

 そこで話しをいったん区切り、守也氏が言った。

「はい」

 僕たちは立ち上がった。気づけば僕のお腹は空き過ぎるほど空きまくっていた。

「ところで赤木氏はお金大丈夫なの?」

 僕が赤木氏を見る。

「うん、僕はまだ三千円くらい残っているから」

「三千円・・」

 やっぱりみんなお金ないんだな・・。僕は、ここの生活がどんなものかだんだん分かって来た。

「もし、てらちゃんがお金なかったら、僕が二人に千円ずつ貸そうかと思っていたんだ。借りれてよかったね」

「う、うん・・💧」

 赤木氏は、尋常じゃないくらい、ものすごく人がよかった。

 

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