第19話 とある方法
「これだよ」
守也氏は奥の壁に設置してある本棚から一冊の漫画雑誌を持って再び僕の前に座った。
「僕は主にギャロに投稿しているんだ」
「ギャロ?」
「うん、サブカル系のマイナー漫画雑誌なんけど、知らないかい?その筋では結構有名なんだけど」
「・・・」
確か・・、僕も名前だけはなんとなく聞いたことがあった。そういう伝説的な漫画雑誌があるというのは噂には聞いていた。
「読んでみるかい。最新刊だ」
守也氏がギャロを差し出す。
「はい」
僕はその週刊誌を厚くしたような大きさの漫画雑誌を守也氏の手から受け取った。
「これは・・」
ページをめくってすぐに、僕は度肝を抜かれた。
「こんな・・」
こんな漫画雑誌があったのか。そこに載っている漫画はどれも、個性的で、いや、個性的過ぎて破天荒で常識の枠を超え、絵もストーリーも独自の世界観を自由に爆走している。
「・・・」
通常のメジャーな漫画ではまったく見たことのない種類の漫画ばかりだった。
「こういう表現もありなのか・・」
僕は今まで自分が持っていた固定観念を、ガツ~ンと打ち砕かれる思いだった。
「すごい」
僕は夢中でページをめくった。
「僕はここに時々漫画を載せてもらっているんだ。少ないけどその原稿料でなんとか生活出来ているってわけさ」
「なるほど」
こういう表現がありなら、僕も・・。なんか僕も描けそうな気がした。
「他にもいろいろとアングラな雑誌や同人誌はあるんだ」
「そうなんですか」
僕は守也氏を見る。
「そういうところなら割かし僕らみたいなぺいぺいでも載せてくれるんだよ」
赤木氏も隣りでうなずいている。
「そうだったのか・・」
僕もやってみようそう思った。
「でも・・」
「ん?」
守也氏が僕を見る。
「でも、僕、今の段階でお金がないんです」
僕は守也氏を見返した。
「今、すぐにお金が必要なんですけど・・」
「う、う~ん、そうか・・」
守也氏はうなる。
「当面の生活費が必要なんです・・」
僕は切実な目で守也氏をのぞき見る。
「う~ん、それは僕もないな・・」
守也氏が困った顔をする。その隣りで赤木氏も下を向く。本当にお金がないことが、二人のその表情だけで分かった。守也氏は腕を組んで、そのまま黙り込んでしまった。
「・・・」
僕も赤木氏も黙り込む。いきなり、僕のトキワ荘生活は頓挫していた。
「よしっ」
その時、守也氏が突然声を上げ、膝を叩いた。
「何がよしっ、なんですか」
僕は驚き、守也氏を見る。
「奥の手だ」
「えっ」
「まだ方法はあるんだ」
すると守也氏が再び立ち上がった。
「どこ行くんですか」
「ついて来たまえ」
「えっ」
しかし、守也氏はそのまま部屋から出て行ってしまった。
「は、はい」
僕は守也氏を追いかけた。
「どこ行くんですか」
僕は守也氏の背中に声をかける。
「うん・・」
守也氏は何も言わずそのまま廊下を歩いて行く。
そして、そのまま突き当りの階段を下へと下りていく。階段を下りきると、今度は一階の廊下を奥に向かって歩いてゆく。僕は訳が分からないままその背中に黙ってついて行く。
「・・・」
一階の廊下を歩くのは僕は初めてだった。ギシギシと床が鳴る。そこはどこか不気味に薄暗く、異様な感じがした。
「どこに行くんですか」
僕は前を歩く守也氏の背中に、もう一度訊いた。
「・・・」
しかし、守也氏はやはり何も答えない。
「・・・」
僕はなんだか不安になってきた。何かやばいことに巻き込まれるのではないか。そんな考えが僕の脳裏をよぎる。
「実はこのアパートには売れている漫画家が一人いるんだ」
その時、守也氏が突然口を開いた。
「えっ、そんな人がいたんですか。僕全然知らなかったですよ」
僕は驚く。
「うん、それがいたんだよ」
「どんな人なんですか」
「うん・・」
守也氏はそこで立ち止まった。僕も立ち止まる。
「・・・」
そして、守也氏は一つの部屋の前に立った。その部屋は一階奥の右側の部屋、つまり僕の部屋の真下の部屋だった。
「この部屋ですか?」
「うん」
守也氏がうなずいた。
「・・・」
僕はその部屋の入口の扉を見つめた。中からは何も音は聞こえてこない。
「一体、どんな人が住んでいるんだろう・・」
僕はゴクリと喉を鳴らした。その静寂の中に、僕は言い知れぬ、何か一抹の不安のようなものを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。