第18話 アルバイト

「やっぱり描きづらいな・・」

 とりあえず赤塚先生を真似て作った即席の手作り机はなんか安定せず描きにくかった。美咲さんと守也氏から借りた読まない本を積み重ね足にし、その上にとりあえず拾ってきた板を乗せただけの机だった。

 まんが道をよく読むと、実際赤塚先生自体が机をひっくり返し、部屋中墨だらけにするという失態を演じている。これなら実家で漫画描いていた方がよっぽどよかったのではと思えて来る。しかし、当然新しい机を買うお金などない。

「とりあえずバイトしないとな」

 僕は一人呟く。机も買わなきゃいけないし、それよりなによりも一人暮らしには金が要る。一月一万二千円と格安とはいえ、家賃も払わなければならない。

 僕は漫画を描く手を止め、仰向けに寝っ転がると、部屋に転がしてあった、コンビニに置いてあったフリーのアルバイト情報誌を手に取った。

 そして、寝っ転がったまま、近場のバイトを探っていく。

「あっ、これなんかよさそうだな」

 すぐにそれらしいバイトに目が行く。トキワ荘からも近いし、日給もよさそうだ。僕はさらにパラパラとページをめくっていった。

「あっ、これもいいな」

 結構、いいバイトがある。

「ちょっと電話してみようかな」

 なんか見ているだけでワクワクしてくる。自給がこれくらいだったら一日何時間働いて週何日働いて月いくらと頭の中で瞬時に計算が働き、その給料であれやこれやと買えるものが浮かんで来る。

「そういえば」

 そういえば欲しいものはいっぱいあった。漫画、服、CD、エトセトラ、エトセトラ・・。

「よしっ、バイトだな」

 僕は決意した。と思った瞬間、突然目の前のバイト情報誌が上に飛んだ。

「あっ」

 僕は何が起こったのか、訳が分からずバイト情報誌の飛んで行った上を見上げる。

「わっ」

 そこには君子さんが鬼の形相で立っていた。その手には、僕のバイト情報誌が握られている。僕は飛び起きた。

「何するんですか」

 しかし、君子さんは僕の見ていたバイト情報誌を、思いっきり振りかぶり、ズボンッと大きな音がするほど豪快にゴミ箱に叩き込んだ。

「わっ、な、何するんですか」

 僕は驚く。

「バイトは禁止よ」

 君子さんは、またいつものようにズバリと僕を指差して断言した。

「えええっ」

 僕は驚く。そして、訳が分からない。

「バイト禁止ってどうやって生活するんですか」

 僕が抗議する。

「漫画を描きなさい」

「だから、それで生活できないからバイトしようとしてるんじゃないですか」

「とにかく禁止よ。いいわね。やったら追い出すからね。そして、地の果てまで追い掛け回して、二度と漫画を描けなくしてやるわ。漫画家として抹殺してやるわ」

「抹殺て・・、しかも、なんて無茶苦茶な・・💧 」

 しかも、かなり人道から外れている。でも、君子さんなら本当にやりそうだった。

「いいわね」

 それだけ言って、君子さんは僕に背中を向けた。

「あっ」

 出て行こうとした君子さんがまた振り向いた。

「なんですか」

「恋愛も禁止だから」

「はい?」

「男女交際禁止いいわね」

「アイドルか」

 僕は思わずツッコミを入れる。

「そういうことは売れてからしなさい」

「は、はあ・・」

 多分、禁止されなくても、モテない僕は心配なさそうだとは思ったが、それでもやはりなんかルールとして理不尽な気がする。

「いいわね」

「はい・・」

 納得できないながらも、君子さんの勢いと迫力と言い知れぬ圧で、僕はうなずいていた。

「いろいろちゃんと罰も考えてあるからね」

「罰・・」

 そして、君子さんは颯爽と去って行った。僕は、その君子さんの帰って行く後ろ姿を茫然と見送った。


「どんな罰だろう」

 赤木氏はどこか期待するように夢見心地で呟いた。

「ポーっとするなよ。君はマゾか」

 守也氏が赤木氏にツッコミを入れる。僕は守也氏の部屋に行き、さっきまでの顛末を語っていた。

「赤木氏は君子さん好きなの?」

 僕が守也氏を見る。

「そうなんだよ。ああいう強烈な人が好きみたいなんだ」

 守也氏が呆れ顔で言う。

「僕は君子さんに一生ついて行きます」

 赤木氏が言った。どうやら本気で言っているらしい。

「・・・」  

 僕は驚く。赤木氏の意外な一面を見た気がした。

「人がいいんだね。赤木氏は」

 僕は感心した。

「真正のマゾなんだよ」

 しかし、守也氏は呆れている。

「でも、恋愛禁止はともかくとしてバイト禁止は厳しくないですか」

 僕は不満を漏らす。

「でも一度罰を受けてみたい気も・・」

 赤木氏はまだ言っている。

「だから何を期待してるんだよ」

 守也氏がツッコミを入れる。

「でも、どうやって生活するんですか・・。いくら家賃が安いからって、バイトなしじゃ絶対生活できないですよ」

 僕が二人を見る。

「自給だな」

 守也氏が言った。

「自給?」

 僕が守也氏を見る。

「うん、僕は色々計画を考えているんだ」

 守也氏が言った。

「計画?」

「うん」

「どんなですか」

「まず鶏を飼ってだな」

「えっ」

「野菜はプランターで」

「もしかして計画って、自給自足ですか・・💧 」

「そう」

「なんかそんなことしていたら余計漫画描く時間無くなる気がするけど・・💧 」

「鳩って食べれたよな」

 守也氏が窓の外を見る。丁度電線の上に何羽か鳩が止まっている。

「や、やめましょうよ」

「魚は近くの川で釣れますよ」

 赤木氏が言った。赤木氏はこの話に乗って来る。

「まあ、とにかく、漫画を描けってことだよな」

 守也氏が言った。

「はあ、でも、漫画で食べていくって、芽が出るまで時間かかると思うんですよ・・、それまでどうやって生きていくんですか。それに芽が出るかも分からないし・・」

「・・・」

 みんな黙る。

「僕もう手持ちのお金ないですよ」

 手持ちの数千円はここ数日の食費とチューダー宴会の焼酎代に消えていた。小さい頃からお年玉などを貯めていた貯金は定期にしてしまっていたし、お小遣いは高校卒業したからということで、先月でストップされていた。

「これからどうしよう。バイト禁止は厳し過ぎますよ」

 僕は嘆いた。

「というか、守也氏と赤木氏はどうって今まで生活していたんですか」

 その時、ふと僕は気づいた。僕は守也氏と赤木氏を見る。

「手っ取り早く漫画で稼げるのは・・」

 すると守也氏がおもむろに呟いた。

「えっ、そんな方法があるんですか」

「うん、まあ、方法はあるんだ」

 そう言って、守也氏は立ち上がった。

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