第17話 カレー

「ふぅ~」

 やっぱりなんかすごい人だ。君子さんは。君子さんが帰った後、何とも言えない強い疲労感に僕は襲われた。生命エネルギーを全部吸い尽くされたような虚脱感の伴う疲労感だった。

「石森くん」

 その時、僕の部屋の開き戸が開き、声がした。

「はい」

 僕は入り口の方へ振り返る。美咲さんだった。美咲さんが戸の隙間から顔をのぞかせていた。

「カレー作ったんだけど食べる」

「えっ」

「今日のお礼」

「は、はい。食べます。あ、ありがとうございます」

 丁度、お腹が減っていた。僕は喜び勇んで美咲さんについて美咲さんの部屋に行った。

「おおっ、いい匂いがする」

 共同台所からカレーのいい匂いがする。

「ちょっと待ってて、よそってくるから」

「はい」

 部屋に僕を残し台所に美咲さんは行く。僕はわくわくしながらちゃぶ台の前で待った。

「お待たせ」

 そして、美咲さんがカレーの盛られたお皿を二つ持って来た。

「守也君たちにも声かけたんだけど、いないのよ。いるはずなんだけど、変ね」

 美咲さんが、テーブルにカレーを置きながら首を傾げる。

「そうなんですか」

 なんて運の悪い人たちなんだろう。僕は思った。

「でも、カレーなら後でも食べれますから」

 僕はもう目の前のカレーに夢中だった。

「そうね。先に食べちゃいましょう」

「はい、じゃあ、いたただきま~す」

 僕はいただきますを言うのと同時に、喜び勇んでカレーをスプーンでよそい、思いっきり口に入れた。

「うっ」

 僕が当たり前に予想していたものとは違う、何か衝撃的な味が脳天を突き抜けた。

「どう?」

 そこに美咲さんが僕の顔を覗き込む。

「えっ?」

「おいしいでしょ。今日のは自信あるんだ」

「・・・」

 正直、まずかった・・。

「今日は気合入れて作ったから」

 だが、美咲さんはうれしそうに自分の作ったカレーをパクつく。

「・・・」

 僕はそんな美咲さんをまじまじと見つめる。美咲さんは本当に漫画意外まったくダメな人だった。

「カレーをここまでまずく作れるなんて逆にすごい・・」

 それはかなり衝撃的な味だった。大概のものは飲み込んでしまうカレーの強烈なうま味を、さらに強烈に超える何かがカレーのあちこちに様々溢れていた。一瞬このまま食べ続けるか迷うほどの衝撃作だった。

「・・・」

 それでも僕はがんばって一皿食べつくした。涙が出る思いだった。

「お代わりしてね。たくさん作ったから」

「は、はい、でも、もうお腹一杯です。はははっ」

 僕は脂汗を流しながら笑顔で断った。

「あら、案外少食なのね。せっかくたくさん作ったのに」

 つまらなそうに美咲さんは言った。

「まあいいわ。これでしばらく料理しなくていいから。楽だわ」

「これから毎日カレー食べるんですか」

「そうよ。たくさん作ったの。見る?」

「は、はい・・」

 僕は答え、こわごわ立ち上がった。

 共同炊事場に行くと、そこの五つあるコンロのうちの一番真ん中のコンロの上に、業務用レベルの巨大な寸胴鍋が乗っかっていた。

「・・・」

 それを覗くと、その中に寸胴鍋いっぱいにたっぷりとカレーが作られている。

「これで一週間はもつわ」

 一週間どころか一か月くらい持ちそうだった。

「もしかして三食カレーなんですか・・💧 」

 僕は美咲さんを見る。

「そうよ」

「えっ」

 美咲さんは真顔で僕を見返す。

「・・・💧 」

 やっぱり美咲さんは変わった人だった。

「味どうだった」

 美咲さんが僕を見る。どうしてもおいしいと言って欲しいらしい。

「なんかちょっと独特な味が・・」

「ああ、ちょっとウコン入れ過ぎたかしら」

 美咲さんはそう言って首を傾げる。

「う、ウコンだったのか・・、あの何とも言えない漢方的な味は・・」

 他にもいろんな味がしていたが・・、それ以上は怖くて訊けなかった。


「石森氏、石森氏」

 美咲さんの部屋から逃げ出すようにお暇すると、なんか下の方から声がする。見ると、守也氏と赤木氏が、守也氏の部屋の入口の襖の下の方から顔だけ出して、僕を手招きしている。

「あっ、守也氏、いたんですか。あっ、赤木氏も」

「ああ、ちょっと、美咲さんが料理をしている姿が見えたからね。二人で押し入れに身を隠していたんだ」

「えっ」

「まあ、とにかく入りなよ」

「はい」

 僕は守也氏の部屋に入った。

「どうだった?」

「えっ?」

「カレー」

 守也氏が訊ねる。

「ああ、正直まずかったです・・」

 僕は正直に告白した。言ったのと同時にあの衝撃的な味が口の中に蘇った。

「やっぱり」

 二人は同時に言って顔を見合わせた。

「やっぱりってどういうことなんですか」

 僕は二人を見る。

「美咲さんは漫画音痴でもあるが、料理音痴でもあるんだ」

「な、なるほど・・💧 多彩な音痴なんですね・・」

「気をつけないと、時々、なんか脈略なく料理を作り始めるんだ。普段はあまりしないんだけど」

「そうだったんですか」

「しかも大量に作るから必ず僕たちを呼ぶんだよ」

 守也氏は困った顔で言った。

「なるほど、気をつけます・・💧 」

 トキワ荘では、まだまだ色んな事を学ばなければならないらしい・・。

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