第12話 アシスタント
バンッ
ものすごい勢いで、突然入り口の襖が開いた。
「わっ」
一番入り口近くで寝ていた僕が驚いて飛び起きる。僕たちはチューダーを飲みながら、夜明けまで漫画談議をして、そのまま美咲さんの部屋で寝てしまっていた。
「わっ」
見上げると、君子さんが仁王立ちで立っていた。僕は二度驚く。
「見つかったわ」
君子さんが言った。
「えっ?何が・・、ですか?」
僕はおずおずと尋ねる。
「アシスタント」
「アシスタント?」
僕が訊き返す。
「私はやらないわよ」
そこに、みんなと同じく部屋の一番奥で雑魚寝していた美咲さんが、その長い髪を掻きむしりながら、もそもそと起き上がってきた。
「なんで、あたしがアシスタントなんかしなきゃいけないのよ。そんなの死んでも嫌だわ」
「・・・」
僕は美咲さんを見る。やっぱり・・、赤木氏の言っていた通りだった。美咲さんはアシスタントを完全拒否した。
そこに守也氏と赤木氏も何事かと眠そうな顔で起きて出して来た。
「君ちゃんの頼みでもアシスタントは絶対やらないわよ」
さらに美咲さんは言った。出版社からは、何度もやはり提案はされていたらしい。今の時代、漫画は大人気で、アシスタントでもかなり高給取りの人はいた。アシスタントだけで年収何千万なんて人の話も聞く。美咲さんだったら、確実にアシスタントだけで十分やっていけるだろう。
「アシスタントをするんじゃないわ」
すると、君子さんがまたいつもの腰に手を当て、自信満々な態度で、指を突き出した。
「えっ」
全員が君子さんを見る。
「美咲さんがアシスタントをするんじゃなくて、美咲さんにアシスタントをつけるの」
「はい?」
全員が同時に声を出す。意味が分からなかった。
「原作者よ」
「原作者?」
「そう、入りなさい」
「おっ」
みんな驚く。そこに何かぬぼーっとした、長い髪を肩まで垂らした男の子が入ってきた。
「この子が?」
守也氏が君子さんに訊く。
「そうよ」
「原作者の鵺野立樹(ぬえのたつき)くんよ」
「・・・」
僕たちは、言葉もなく鵺野くんを見つめた。まだ若い二十代前半くらいの青年だった。しかし、何か若者としての覇気がない。もう少しでカビが生えそうな暗く湿った台所の隅のような雰囲気を全身に漂わせて、僕たちに目を合わせることなくうつむき、その場に突っ立っている。
「彼を美咲さんのアシスタントに付けるわ」
共作と言わず、美咲さんにアシスタントをつけるという提案の仕方はうまいと思った。これなら、美咲さんのプライドを刺激せずに話を持っていける。ただ威張っているだけの人間じゃないと、僕は少し君子さんを見直した。
「彼の原作を漫画にして欲しいの」
「嫌よ」
しかし、美咲さんはにべもない。
「私の漫画は私の漫画のままで十分おもしろいわ」
美咲さんはやはり、赤木氏の言った通り頑固で、自分の漫画に固執していた。
「まあ、読んでみて」
すると、君子さんは、僕たちの丁度真ん中に、原稿の束を投げた。
「・・・」
とりあえず、守也氏が代表して、それを手に取る。そして、ページをめくった。
「おっ」
そして、小さくそう声を上げると、貪るように読み始めた。
「これはおもしろいよ」
しばらく熟読していた守也氏は、顔を上げ僕たち二人を見た。僕たち二人も原稿を覗き込む。
「おおっ」
確かに面白かった。一人の女の子がアイドルを目指し成長していくという今時ありがちな設定の物語なのだが、しかし、今までにない視点からの描き方で、構成やキャラの作り方が斬新だった。笑いあり感動あり、それでいて涙もあり、感動のジェットコースターのように、全てが楽しめる物語になっている。
「これはすごい」
読んでいる僕も興奮してうなった。
「これはもう連載が決定しているのよ」
そこにさらに君子さんが被せるように言った。
「えっ」
僕たち三人は驚いて君子さんを見る。
「うちの看板雑誌、少年週間コミックジャンピングに連載が決定したわ」
「ええっ、すごい」
僕たちは、再び手に持つ原稿をあらためて見た。少年週間コミックジャンピングは、今や日本で一番売れている漫画雑誌だ。
「トキワ荘プロジェクト始まって以来、初の大手誌の連載よ」
君子さんはドヤ顔で言った。
「す、すごい」
僕たち三人は、美咲さんを見た。
「・・・」
美咲さんは、黙ってはいたものの、さすがに興奮しているのが分かった。漫画家が目指す最高峰が、今目の前にあるのだ。
「・・・」
あのかたくなだった美咲さんが、見るからに心が揺れていた。
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