第10話 漫画談議に花が咲く

「君はどんな漫画描くの」

 守也氏が僕を見る。

「僕は冒険ものが描きたいんです」

 僕は少し熱を込めて言った。

「へぇ~、そうなんだ」

「世界中を冒険しながら、主人公が様々な仲間と出会って、強大な敵との戦いもあって、涙あり感動あり、でも笑いもあって、色んな要素を盛り込んだような今までにない冒険ファンタジーを描きたいんです。まだ、全然まとまってはいないんですが」

「へぇ~、でも、それおもしろそうだね。描くの大変そうだけど」

「ええ、気持ちばっかり先走っちゃって、具体的には何もなくてまだ全然イメージだけなんですが」

 僕は少し照れ笑いしながら言った。

「守也氏は、こう見えて児童漫画なんですよ」

 その時、赤木氏が横から言った。

「こう見えてはないだろう」

 守也氏が少し怒り口調で言うと、僕たちは二人は笑った。

「あっ、さっき見ました。ものすごい純な作品ですよね。びっくりしました。あんなの今迄見たことなかったです」

「時代に合わないとか、古いとか散々言われているけどね」

「でも、守也氏は、あの田野河水泡先生のお弟子さんなんですよ」

「えっ、そうなんですか」

 田野河水泡と言えば、野良犬漸九朗で戦後一躍国民的人気を博した人だ。まさに漫画界の創世に関わった神さまのような人だ。

「すごいじゃないですか」

「破門寸前だけどね」

 守也氏は、照れながら、でも、まんざらでもないといった表情で言った。

「ところで赤木氏は今どんなの描いてんの?」

 守也氏が今度は赤木氏の方を見た。

「僕はヒーローものです」

 赤木氏が言った。

「まだまとまってはいないんですが、勧善懲悪なものすごいスーパーヒーローが出てくる漫画を描きたいんです」

「へぇ~」

「もう、コッテコテの奴。絶対的ヒーローがいて、凶悪な悪をばったばったと倒していく痛快な感じの」

「赤木氏は若いのに、時代劇が好きなんだよな」

 守也氏が首をひねる。

「ああ、なるほど」

 赤木氏はそういう世界観なんだ。

「僕は仮面ライダーとウルトラマンと水戸黄門と桃太郎侍をミックスさせたような漫画を描きたいんです」

「す、すごいミックスだね・・💧 」

 僕が赤木氏の独特の世界観に困惑する。

 僕たちはチューダーのいい感じのほろ酔いの中、再び漫画談議に花が咲く。

「映画は何見るの」

 守也氏が僕に訊く。

「僕はバック・トゥ・ザ・フューチャーが好きですね」

「あっ、僕もあれ好きです」

 赤木氏が答える。

「あれいいよね」

「うん」

 僕と赤木氏はやはりなんか気が合う。

「スピルバーグは天才だよな。あれスピルバーグだよな」

 守也氏が訊く。

「監督はロバート・ゼメキスですが、製作総指揮で関わってますね」

 赤木氏が言った。赤木氏は映画に詳しい。

「ハリウッド映画はおもしろいよな」

 守也氏が言う。今はまさにハリウッド映画全盛の時代だった。

 酔いもいい感じに回って来て、話も盛り上がってきて、本当にすごく楽しい時間だった。みんなと漫画や映画の話ができるのが楽しかった。今までそういうことを語れる友だちが僕には誰一人としていなかった。だから、こうして、趣味が同じ者同士、様々語り合えるのは今までに経験したことのない高揚感と堪らない喜びを感じた。

 僕はこのアパートに来て良かったと思った。思えば、ここに来るちょっと前には、僕は絶望のどん底にいたのだ。

「ちょっと」

 その時、僕たちのそんな和やか雰囲気を切り裂くように声がして、突然部屋の入り口の襖が開いた。全員が部屋の入り口を見る。

「あっ、美咲さん」

 守也氏が叫ぶ。そこには三十代くらいの女性が一人立っていた。

「なんであたし無視して飲んでんのよ」

「いや、だって、忙しいかなと思って・・」

 守也氏がたじろいでいる。

「忙しくても飲むわよ。知ってるでしょ」

 美咲と呼ばれた女性は、部屋の中にズカズカと入って来て、僕の前にドカッと座った。そして、守也氏と赤木氏を睨みつけるように見る。

「はい、そうでした」

 二人は、その眼光に威圧され申し訳なさそうにうつむき加減に言う。なんか新しいキャラが出てきて僕も、少しほろ酔いながら驚く。そんな僕を美咲さんが見た。

「うっ」

 僕はその視線にビビる。

「誰?」

 美咲さんが守也氏を見る。

「ああ、今日向かいの部屋に越してきた石森氏。それで歓迎会を開いていたんです」

 守也氏が言った。

「ああ、決まったんだ」

「はい、君子さんが来たんですよ」

 赤木氏が言った。

「ああ、そうだったんだ。よろしくね」

 美咲さんは再び僕を見て言った。

「は、はい、よろしくお願いします」

 なんだか、迫力がある割にはいい人そうだ。僕は少しほっとした。

「私、黄瀬美咲」

「あ、どうも、僕は石森青太で・・」

「私にもチューダーちょうだい」

「えっ」

 僕は困惑する。僕の自己紹介も半分に、美咲さんは赤木氏の方を見て酒を要求していた。

「は、はい」

 赤木氏が答える。僕のことなど一瞬で、意識はすでに酒の方にいっている美咲さんだった。

「もっと焼酎入れなさいよ」

 チューダーを作る赤木氏に美咲さんが怒る。

「いや、でも、サイダーに焼酎がチューダーでして」

「焼酎にサイダーでしょ」

 そう言うと美咲さんは、赤木氏から焼酎の瓶をひったくり、ドバドバと自分のコップに焼酎を追加した。

「あ、ああ、そんなに入れたら」

 赤木氏が困った声を出す。しかし、それを無視して、美咲さんはどんどん焼酎を入れる。

「じゃあ、あらためてかんぱ~い」

 酒が飲めるとなって、急に機嫌の良くなった美咲さんが元気いっぱいコップを高々と上げる。

「かんぱ~い」

 僕らも、その迫力に押されるように、もう一度コップを上げた。

 それにしてもここでは平等と言っていたわりに美咲さんにはみんなさん付けで呼んでいる。どういった関係なのかどういったキャラなのか、それでなんとなく察せられた。

「あんたも漫画描くんだ」

 美咲さんが僕を見る。

「は、はい」

 僕も美咲さんを見る。美咲さんはあまりにラフな格好をしていて、目のやり場に困った。化粧っけはなかったが、顔立ちはよく、スタイルもよい美咲さんはとても魅力的な女性だった。その女性がタンクトップにショートパンツ姿で、肌を隠している面積の方が少ないといった格好をしている。しかも、タンクトップは少しサイズが緩く、隙間などから、ブラや胸の谷間がチラチラ見える。足も太ももの付け根から、きれいな白い細い足が伸び、それが僕の前であぐらを組んだり、僕の方に伸びてきたり、艶めかしく蠢きまわる。

 豪快な性格なのか、そのことを美咲さんは全然気にしていないので、逆に僕たち男の方が困ってしまう。

「ええ、焼酎もうないの」

 あっという間に、濃い目のチューダーを三杯飲み干し、美咲さんは不満気に言った。

「だから、みんな少しずつ飲んでいたのに・・」

 赤木氏が呟く。

「誰か買って来てよ」

「・・・」

 全員沈黙。

「お金が無いですよ」

 赤木氏が小さく言った。

「そうだったわね。せっかくいいところだったのに」

 美咲さんががっかりした表情でコップを丸テーブルに置く。

「あの・・」

 僕が声を発すると、全員が僕を見た。

「お金なら少しあります」

「おっ、偉い青年」

 美咲さんは、満面の笑みで僕に近づき、豪快に僕の肩を叩いた。その時、四つん這いで迫る美咲さんのタンクトップの胸元が思いっきり僕の目の前に来て、その大きく開いた胸元が僕の位置から思いっきり見えた。

「じゃあ、僕買ってきます」

 僕は真っ赤な顔を隠すように立ち上がった。

「あ、僕も行きます」

 その時、赤木氏が言った。

「早く帰って来てよ」

 守也氏が不安げに言う。

「なんでよ。あたしと二人が嫌だっての」

 美咲さんが守也氏を見る。

「いやそうじゃないですけど・・」

 守也氏も美咲さんには、やはりたじたじだった。

 僕と赤木氏の二人は、連れだってトキワ荘の外に出た。

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