第7話 守也氏の部屋
「ちょっと、俺の部屋寄ってきなよ」
トキワ荘に着くと、守也氏が言った。
「はい」
守也氏の部屋も僕と同じ三畳間だった。実家の六畳間の自分の部屋に慣れている僕は、三畳に二人が入るだけでもう狭い感じがした。
部屋の奥の窓際には机と座布団が置いてある。その机の上を見ると、描きかけの原稿用紙があった。
「見てもいいですか」
「ああ」
そう返事しながら、守也氏はタバコに火をつける。
「これが守也氏の描いている漫画か」
それは守也氏のキャラとは似ても似つかぬ、なんともメルヘンチックな子供向け漫画だった。
「今時こんな純な漫画が描けるなんて・・」
あまりに純粋無垢過ぎて、読んでいるこっちが恥ずかしくなるほどだった。
「そういえばさっき、松葉で締め切りって言ってましたけど、連載あるんですか。すごいですね。プロなんですね」
僕は守也氏を羨望の眼差しで見た。
「あるわけないだろ」
「えっ」
「ノルマだよ」
「ノルマ?」
「投稿だよ」
「投稿?」
「月に十本、短編、計百六十ページ以上、雑誌に投稿するって決まりなんだ」
「月に十本!」
「そう、月に十本」
「百六十ページ!」
「そう百六十ページ」
「そんな無茶な」
「そう無茶なんだよ」
「マジですか」
「マジだ」
「それでさっき・・」
「そう・・」
「・・・」
「君もだぞ・・、多分、というか絶対」
「はい・・」
やっぱりヤバいとこに来てしまった感が再び湧き上がって来て、僕の胸はざわざわしだした。
「石森氏」
その時、急に守也氏が真剣な顔で僕を見る。
「はい?」
「一寸、金貸してくれない?」
「えっ」
「三千でいい」
守也氏は僕に向かって拝む真似をする。
「いや、でも・・」
ついさっき、ラーメンとアイスキャンディーまでおごっている。
「千円」
今度は指を一本立てて、何とも憐れみを誘う目で僕を見つめてくる。
「頼む。今月ピンチなんだ」
「・・・」
「頼む。絶対返すから」
「・・・」
「頼む」
また僕に向かって拝む真似をする。
「千円だけですよ」
僕はしぶしぶ財布から千円札を出して渡した。
「ありがとう、恩に着るよ」
「絶対返してくださいよ」
「ああ、絶対」
守也氏はほくほく顔で、僕の渡した千円札をポケットにしまう。
「ところで、君の隣りの部屋に女性が住んでるだろ」
守也氏が突然話題を変え言った。
「はい、なんかすごい美人でした」
「あの人はAV女優だ」
「えっ!」
僕は守也氏を凝視する。
「マジですか」
「マジだ」
「マジですか・・」
再び僕の脳裏に、あの美しい顔と立派に張り出した胸のふくらみがリアルに浮かんだ。
「あああああっ」
その時、突然鼻からなんか出て来た。
「ああ、どうしたの」
守也氏が慌てる。
「ああっ、ああっ」
それは 鼻血だった。僕の鼻から大量の鼻血が出てきた。AVという単語に、頭の血が沸騰してしまった。
「大丈夫か」
守也氏も慌てるぐらい、ドバドバ出て来た。
「ああああ」
鼻血は止まらない。
「ああああっ」
二人して、慌ててティッシュを鼻に詰めまくる。
「・・・」
しばらくしてなんとか鼻血は止まった。
「・・小学生以来です。こんなに鼻血だしたの」
「そうか・・、びっくりしたよ。僕もそんなに鼻血出した人初めてみたよ」
「・・・」
「・・・」
そこでしばし部屋に沈黙が流れる。
「今度、借りに行こうか。レンタルビデオ」
そして、守也氏はぼそりと言った。
「はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。