第4話 君子
「・・・」
大家さんからカギを受け取り、僕らは再び部屋の前にいた。
「はい、これがカギね」
彼女が僕に今の時代では考えられないような、おもちゃのようなカギを渡す。
「う、うん」
やはり、決定してしまった・・。僕は力なくカギを受け取った。
ガラガラ
その時、突然向かいの部屋の開き戸が開いた。
「わっ」
振り返り、扉の下を見ると、中から、もそもそと、見るからに運動不足満天のぶよぶよ体型の、頭もじゃもじゃの、無精ひげ男がもそもそと芋虫が転がるように出てきた。見た瞬間、明らかにこいつはやばそうだと分かる男だった。
「君ちゃん、もう少し待ってもらえないかな」
男は青息吐息で懇願するように君子を見上げる。
「無理ね」
それを君子が、見下ろすように容赦なく切り捨てる。
「そこを何とか」
男はそれでも卑屈に懇願する。
「やるのよ。それしかないわ」
しかし、それに対しても容赦なく彼女は言い切った。
「・・・」
そして、男はまたもそもそと部屋に消え、開き戸が無言で閉まっていった。
「・・・」
絶対やばい、ここはやばい。僕は直感した。
「あの・・、やっぱり・・」
「あなたの想いはそんなものだったの」
しかし、そんな僕の機先を制すように、先に彼女の方が口を開いた。
「えっ」
「あなたの漫画に対する想いはその程度だったの」
「・・・」
鋭く彼女は僕に指を差し、見据える。
「出版社に持ち込みまでしたんでしょ。それを描くのに何か月もかかったんでしょ」
「・・・」
そうだった。学校から帰って夜中遅くまで毎日少しずつ描いていったものだ。というか、なぜ分かる。確かその話は何もしていないはず・・。
「でも・・」
あまりに突然過ぎる。それにやっぱり怪し過ぎる。
「一回、否定されたからって、そこで諦めちゃうわけ」
「・・・」
「ほんと情けない男ね。見せてみなさい」
そう言って、彼女は僕の持っていた原稿の入った封筒を奪った。
「お、おい」
僕は慌てて取り返そうとする。しかし、彼女はそんな僕を片手で軽く押さえると、封筒の中を開け、原稿を見た。
「つまらないわ」
ちょっと読んで、彼女はそう言うと、原稿を束ごと破った。
「ああああっ」
僕は叫ぶが、しかし、彼女はその破った原稿を容赦なく廊下に叩きつけた。
「クソだわ」
彼女は吐き捨てるように言った。
「ああああっ」
僕の高校時代の青春の貴重な時間が・・。一瞬で無になった・・。
「ほんとダメね。あんたは」
「うううっ」
「滅茶苦茶つまらないわ」
「うううっ」
「こんなクソな漫画描いて、まだ実家でぬくぬく漫画描こうってわけ?だから、あんたはダメダメなのよ。ダメダメ、ダメダメ」
彼女はダメダメを連発してくる。
「ダメダメダメダメ、あんたはもう死になさい」
もう言われたい放題だった。
「ダメダメダメダメ」
「うううううううっ、ふざけんな」
僕は遂にキレた。
「あ、キレた」
しかし、彼女は蚊の鳴くほどにも感じていない。
「お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるか」
「あんたの気持なんかどうでもいいわ」
やはり、彼女は微塵も動揺していない。むしろ、高圧的ですらある。
「ううううっ、なんで君にそこまで言われなきゃいけないんだ」
僕は叫んだ。
「というか君は一体何者なんだ。っていうか、なんでそんなに威張ってるんだ」
そして、僕は彼女に散々差された指を差し返す。
「私は綾小路君子。編集者よ!」
すると、君子は、自信満々に腰に手を当て、再び僕を挑発するように見つめ返すと、差された指をさらに差し返してきた。
「えっ!編集者?」
「そうよ。泣く子も黙る漫画雑誌の編集者よ」
「君が編集者・・」
僕は茫然として、その場に固まった。
「何驚いてんのよ。薄々察しなさいよ。分かるでしょ。この展開なら」
「うううっ」
僕は鈍さではかなりのものだった。
「ん?ということは・・、君は社会人!」
あらためて彼女を見る。
「当たり前でしょ。大卒三年目よ」
「えっ二十五!年上!」
どう見ても高校生か、よくても大学入りたてくらいだ。
「・・・」
しかし、年齢を聞いてもやはり十代にしか見えない。かなりの童顔だ。というか全体的になんか幼い。
「そうよ。編集者三年目が始まったばかりの将来有望敏腕天才編集者よ」
「自分で言うんだ・・💧 」
「当たり前でしょ。実際その通りなんだから」
しかし、見た目は幼くてもやはり態度はでかい。
「いい?だからあなたはあたしの言う通りにしていればいいのよ。いいわね」
「・・・、ていうか、だからなんでそんなに偉そうなんだよ・・」
僕は小さな声で、そう言うのが精いっぱいだった。一度はキレたものの、結局、僕は完全に彼女の勢いとそのキャラに巻き込まれ、圧倒されていた。
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