第3話 大家の野々村さん

「隣りだったんだ・・」

 彼女にくっついて行った先に辿り着いた大家さんの家は、トキワ荘のすぐ隣りの民家だった。

「そうよ」

 そう言いながら、彼女は玄関チャイムを慣れた調子で押す。

 ピンポ~ン

「あらっ、君ちゃん」

 すぐに中から出て来たのは、ちびまる子ちゃんのお母さんみたいなもこもこ頭に丸顔の、なんとも人の好さそうなおばさんだった。

「こちらが野々村さん」

 彼女が僕に大家さんを紹介する。

「こ、こんにちは」

「まあ、新しい入居者さん」

「いえ、でも、あのまだ決めたわけでは・・」

 いざとなるとやはりなんか不安になってきた。

「そうです」

 しかし、彼女は僕の返事を遮るように言った。

「いつから?」

「いえ、あのですから・・」

「今日からです」

 彼女は即答した。

「えっ」

 僕は彼女を見る。

「そう分かったわ」

「えっ」

 僕は今度は大家さんを見る。っていうか即入居できるの・・?

「あの保証人とか、敷金礼金とか・・」

「それは後でいいわ」

「えっ!」

 後でいいの?そこ一番大事なとこじゃ・・。

「君ちゃんの紹介だもの」

 大家の野々村さんは微笑ましい表情で少女を見る。僕は大家さんをマジマジと見る。

「いいんですか」

 僕は再度確認する。

「ええ」 

 野々村さんは、なんの淀みもなく、純粋無垢な少女のように当たり前みたいに言う。

「・・・」

 少女がさっきすごい人と言っていた意味が、なんとなく分かった気がした。

「今時、こんなとこがあるのか・・」

 見も知らぬ僕を、紹介とはいえ、すぐに住まわしてくれるなんて・・。やっぱり、なんかすごい・・。

「いや、でも、あの・・」

 そうだ。大家さんに感心している場合ではなかった。話がどんどん僕の意志とは関係なく、あらぬ方向に流れていっている。

「僕は、あの・・」

「あ、じゃあカギ渡すわね」

 しかし、僕がもごもごしていると、大家さんはさっさと家の中に消えていってしまった。

「・・・」

 僕の運命は、僕の意志など関係なく、もうすでに決まっているものらしい・・。どうしても、僕の意志とは関係なく勝手に別方へと流れていってしまう・・。

 バシッ

 その時、彼女が突然、背後から僕の肩を力強く叩いた。

「いい加減、覚悟を決めなさい。あなたにはここしかないのよ」

 彼女が力を込めて言う。

「う、うん・・」

 しかし、湧き上がる不安は拭えなかった・・。

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