第8話 僕らは停戦合意破棄の危機を迎えたⅤ

【前回までの振り返り】


在原栞乃ありはらしの

 静かだが気の強いところがあるのでしょっちゅう人をびっくりさせる。

 田所陽のことが好き。


田所陽たどころよう

 物真似をするとなぜか大体福山雅治になる。

 鉢倉深優姫のことが好き。


鉢倉深優姫はちくらみゆき

 ずっと周囲の人間が敵のように思えていたが、栞乃たちと出会ってからはちょっと落ち着いている。

 源元惇平のことが好き。


源元惇平みなもとじゅんぺい

 人間のことが大して好きではないが、一度心を許すとデレが重たい。

 在原栞乃のことが好き。




*****




 4時間目も寝て過ごしていたらしい惇平の机の前に立って、「じゅんぺーくん、お昼いこ」と深優姫から誘った。惇平は「珍しいね」と言いながら立ち上がる。

「ねー、じゅんぺーくん」

「うん」

「あたしがじゅんぺーくんのこと好きだって知った時、どう思った?」

「光栄だなって」

「ほんとに?」

「なんで俺なんだろうと思ったけど」

「ほんとにぃ? そんなにモテてんのにぃ?」

「俺はオモチャにされてるだけだよ」

 平然と、惇平はそう言った。「鉢倉さんはそういうタイプじゃないと思ってたから、一瞬ちょっとショックだった。でも、」と言って深優姫を見る。「冗談じゃなさそうだから、光栄だなって思ったよ」と続けた。


 それを聞いて、深優姫は少し後悔した。深優姫が惇平を好きだったのはちゃんと本気だったのに、それをまるで遊びのように装ったことについてだ。その態度が少なからず惇平のことを傷つけたのかもしれない。それでも惇平は深優姫のその態度から本気を掬い出して察してくれていた。


「あたし、栞乃ちんのこともすごく好きなんだー。あたし、こんなんだからさ、合わない子はほんっと合わなくて、しょっちゅう陰口とか叩かれてんだけどさ、1年生の時、栞乃ちんがその子たちにめちゃくちゃ言ってくれてさ。あたし、廊下でたまたま聞いちゃったんだけど」

「うん」

「その子たちが、栞乃ちんに言い返したの。『真面目ちゃんは冗談が通じなくて扱いづらいわー』とか色々。そしたらね、栞乃ちんがね、『ありがとう。いつか履歴書に長所として書くね』って言ったの。それで、あたし栞乃ちんのこと、もうめちゃんこ好きになっちゃってね」

「かっこいいね」

「うわー、陰口なんか叩かれたっていいや。全部うらっ返して履歴書に書いたろーって思ったらめっちゃ気が楽になったの。だから栞乃ちんには感謝してるし、大好き」

「うん」

 相槌は淡白だが、惇平の眼差しは真剣だった。深優姫は軽い調子で続ける。

「田所のことも好きなんだ。あいつ、めっちゃいいやつだもん。この前も助けてもらったし、なんでこんないいやつがあたしのこと好きなのかわかんない」

「みんなそうなんだろうな、俺たちは」

「栞乃ちんがね、言ってたの。田所の好きなところ。強くて優しくて頑張り屋で、一緒にいられたら絶対幸せになれるだろうなって確信できるんだって」

「うん……。田所なら、そうかもしれない」

 俺も田所のことは結構好きだから、と惇平は俯いた。深優姫は少し驚いて「そうなの?」と聞き返してしまう。迷いながらも惇平は頷き、ちょっと照れくさそうにした。ふうん、と深優姫は笑ってしまう。


「それでさ、あたしも考えたんだ。田所って優しいよなー。強いし努力家だよなー。誰と一緒になっても幸せにするんだろうなーって。田所と一緒にいたら安心するし、話も面白いし、好きだなーって」

「うん」

「栞乃ちんが言ってること、すごいわかるの。あたしも田所のそういうとこ好き、って思う」

「それ、俺に言うこと?」

「恋ってなんなのかな、じゅんぺーくん」

 視線がぶつかって、音が鳴ったような気がして、それが自分の心臓の音だと気づく。惇平は瞬きをして、「それはここで答えを出す話?」と言った。深優姫は首を横に振り、「でも、知ってたら教えて欲しかったの」と答える。


「あたし、惇平くんが他の子と一緒になったら嫌な気持ちになるよ。本当にめちゃくちゃ一生懸命考えたけど、恋と恋じゃない気持ちの違いがそれぐらいしかなかった。そんなのって馬鹿みたいじゃない? 恋なんてしない方が幸せだよ。恋ってヤキモチと嫉妬のことなんじゃん」


 きょとんとした惇平が、やがて「あはは」と屈託なく笑った。「鉢倉さんってさ、やっぱり難しいこと色々考えるよね」と目をこすりながら言う。


「春なんだから、しょうがないよ」

「……え?」

「俺、ずっと昔から春ってすごい気持ち悪い季節だなって思ってたんだ。だから、しょうがない」


 深優姫は目を白黒させながら惇平を見る。惇平はそこに理解など求めていないようで、ただ鼻歌でもうたうように「俺たちはずっと春だし、何度だって春だ」と呟いた。

「そ────そんなののせいにしていいの!?」

「誰も傷つかないし、よくない?」

 ポケットに軽く手を突っ込んだまま歩いていく惇平に、置いていかれそうになりながら小走りで進む。

「あのさ、じゅんぺーくん」

「うん」

「あのさ……」

「うん」

 惇平のジャケットの裾を掴んだ。惇平は立ち止まり、こちらを振り向く。「あのさ」ともう一度言って、深優姫は緊張のあまり唇を噛んだ。


「好きです。お察しの通り、本気です」


 うん、と惇平は頷いた。うん、と深優姫も繰り返した。それから惇平は瞬きをして、口を開く。

「ありがとう。でも、ごめん。好きな人がいるんだ、俺」

 そう、はっきり言った。


 馬鹿な儀式みたいだった。でも必要な儀式だと思った。

 深優姫は「あはは」と力の抜けた笑い方をして、「知ってら」と言いながら惇平の腕を叩いた。叩きながら泣いた。惇平は「うん」とだけ言った。


 たぶん、傷つきたくて、傷ついたと思う。恋ってこんな、自傷癖みたいなもんだったっけなと思いつつ、こんなに痛けりゃ恋だろうと納得してもいた。


 屋上のドアを開ける。目に痛いほどの晴天で、暖かい。

 先に昼食をとっていたらしい栞乃と陽が「どうしたの? 遅かったね」「もう昼終わるぜ」とこちらを見ていた。

 それから、たぶん深優姫の顔を見て何かを察した様子の栞乃が「午後サボっちゃおうか?」なんて言いながら深優姫の腕を引く。

 ぶんぶんと首を横に振り、深優姫は「ごめんっ」と手を合わせて大袈裟に頭を下げた。


「停戦中なのにじゅんぺーくんに告って振られました!」


 えっ、と栞乃が呟いた後慌てて口元を手で隠す。ゆっくり瞬きをした陽が、「何事にも例外はあるよな」とよくわからないことを言った。

「だからみんな、あたしのこと慰めてくれてもいいよ」

「ちなみに今オレもフラれたようなもんだから慰めてもらっていいか?」

「そんなこと言ったら毎日誰かしら振られてるじゃん……」

「毎日傷心パーティって、コト?」

 予鈴が鳴ってしまい、4人は何となく天を仰ぐ。

「じゃあ今日は惇平んちでパーティな」

「俺は別にいいけど……」

「振った人と振られた人が同じ傷心パーティに参加するの草なんだ」

「なんか、何でもない日のパーティーみたいでいいね!」

「何が??」

「何でもない日なんて存在しないんだよ。人間なんてみんな毎日色々あるんだから。なんか色々ある人たちの、なんか色々あった日パーティだよ」

「つまり何でもない日のパーティーって、『今日も何とか無事に過ごせたね』ってことをお祝いするパーティだったってこと?? 不思議の国のアリス、深すぎ……」

「そんな話なの?」


 ふと沈黙が訪れ、「さて……5時間目始まってますけども」と深優姫が恐る恐る全員の目を見る。腕を組んだ陽が、「ここはオレが一肌脱ごう」と言い出した。

「オレがあえて教壇側の戸を開いて、教師を盛大にキレさせておくからその隙にお前らは後ろから入れ」

「そんな……田所……!」

「オレのことはいい! お前らだけでも席につけ!!」


 全員バレたし、陽は反省文を書かされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る