第5話 僕らは停戦合意破棄の危機を迎えたⅡ
【前回までの振り返り】
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バレンタインは一応クラスの男子分チョコを用意して配るタイプ。
田所陽のことが好き。
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バレンタインで貰ったチョコは既製品なら弟妹に食わせてる。手作りっぽいのは自分で食べてる。
鉢倉深優姫のことが好き。
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バレンタインは既製品の安いチョコを買っておいて、絡んできたやつには渡すようにしてる。
源元惇平のことが好き。
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バレンタインにはいい思い出がないので基本的に受け取らないし、受け取っても捨てるようにしてる。
在原栞乃のことが好き。
*****
惇平の家に着いた途端、出てくるわ出てくるわ、淡々と並べられていく料理の皿に栞乃たちは呆気に取られていた。
タコとサーモンのカルパッチョ、明太マヨフランスパン、牛肉ときのこの和風パスタ、トマトクリームパスタ、ミートソースドリア、チョコフォンデュ用の果物たち。
ようやくハッとした様子の陽が「もしかして、あの日助けた鶴??」と言葉を発した。
「ど……どうしたの、じゅんぺーくん。うーばーいーつ??」
「俺が作ったんだけど」
「動揺しすぎて疑問符だけ飛んでる。何から訊けばいいかわからない」
「とりあえず食べながら考えたら?」
なし崩し的にソファに座らされた栞乃たちは、目の前のパーティー料理を見つめる。いそいそと取り皿を手渡してきた惇平は、なぜか少しだけ緊張しているようにも見えた。
顔を見合わせながら、「いただきます」と言って料理を口にする。
「……いやうめえ。その辺のファミレスの五億倍うめえ」
「えー……ほんとに源元くんが作ったの?? こんな人にお弁当の卵焼きとかあげてたのすごい恥ずかしい」
「勝てるところが何にもなくなっちゃうからやめてほしい」
カルパッチョを取り分けながら、「それって美味しいってことでいい? 全員?」と惇平は念を押す。「よっ、三ツ星」「美味しいの域を超えてる」「天才すぎ。こんなに美味しい料理はじめて」と思い思いに賞賛した。惇平は「ふーん」と少し照れくさそうにして、「よかった」とちょっと笑った。
「俺、料理の仕事しようと思ってて、でも人に食べさせたのはこれが初めてだから……ちょっと緊張してた」
「なんでいきなりそういうことするの?? 好きになっちゃった(1年前から)」
「みんなならいいかなと思って。というか、喜んでくれたら嬉しいなって思うのがみんなぐらいしかいなかったし」
「ほんとやめて」
また作るよ、と惇平は穏やかに言う。「俺、本当に料理が好きなんだ」と。
「嬉しいけど材料費ちゃんと出すから言ってね……?」
「次からね。今回は材料費田所持ちだから」
「えっ」
「俺と田所からの一足早いホワイトデー」
「そうだったかもしれない…………」
ありがと田所、と深優姫が軽い調子で言う。「陽ちゃん、お金あるの?」と栞乃は眉をひそめた。
「……あるよ」
「田所ってバイトしてるよね?」
「してる。校長に土下座して許可貰ったから」
「初手で校長に土下座できるやつ、どこ行っても大丈夫そう」
グラスに緑茶を注ぎながら、深優姫は「もう飲み物ないかも。買ってこよか??」と提案する。「じゃあオレも行くわ」と陽が立ち上がった。
*****
近所のスーパーで2Lの緑茶とウーロン茶とコーラを購入する。当たり前のように財布を開く陽に、深優姫は「田所さぁ」と呆れた顔をしてみせる。
「結構前から思ってたけど、変なやつだよね」
「隣に本物の天然がいるとキャラが薄くなって困る」
「そうなんだけど、そうじゃなくてさ」
店を出て、「まだまだ寒いね」と深優姫はため息をついた。「そーだね」と陽が大して何も思っていない顔で頷く。
「そういうとことか」
「?」
「どーでもいいし自分はそう思ってないのに乗っちゃうとこ」
「ああ」
「“ああ”じゃねーし」
背中をバシバシ叩くと、「アイス買ってくの忘れたわ」と陽は呑気に呟いた。
「もっかい店戻ってもいい?」
「話聞けし~~~~」
「ごめんて」
やっぱアイスはピノに限るよなぁ、と言いながら陽はずんずん進んでいき、一秒も止まることなく会計を済ませていた。
今度こそ帰り道、ちょっとだけ速足になりながら喋る。
「前にさー、田所さー」
「うん」
「水谷のことぶん殴ってたじゃん?」
「それ前にも言ったけど語弊があんだよ。オレは相田のこと遊びに誘っただけなのに、そこにいた水谷がいきなり何の脈絡もなく胸倉掴んできたからクソビビり散らして拳当たっちゃっただけなんだって」
「次の日水谷が仲間引き連れて殴り込んできたんでしょ?」
「あれ超こわかった。全員にジュース奢って土下座したわ」
「すぐ土下座すんじゃん」
「すぐ土下座するよ、オレは」
嘘ばっかり、と深優姫は呆れる。「ジュース奢ったのはほんとだけど、その前にしっかり全員シメたでしょ」とちょっと俯いた。慌てた様子の陽が「んなわけねーじゃん。オレまじでビビっちゃってチビるとこだったんだって」と超速で首を横に振る。
「不良マジこえーよ。そんないい加減な噂流してんの誰??」
「あたし。だって、見てたから」
絶句した陽が、顔をひきつらせた。立ち止まって、深優姫のことを見る。「アイス溶けるよ」と深優姫は冷静に指摘した。
「だから、ほんとあんたのことわかんない。まず喧嘩勝ってんのに全員に謝ってジュース奢ってんのがわかんない」
「……ほんとに怖かったんだよ。だから一生懸命謝って許してもらったんだ」
「全然わかんない。あたしたちと一緒にいても、いつも自分から貧乏くじ引いてんのがわかんない。いつか爆発してあたしたちのこともぶん殴るんじゃないかって思う」
「えー……そんな風に思われてたんか……すげえショックだ……」
すげえショックだ、と陽はもう一度呟く。
そこから何となく無言で、惇平の家まで歩いた。途中でぼそりと「こわがらせてごめん」と陽が言う。深優姫も気まずくなって「あたしも今さらこんな話してごめん」ともごもご喋った。陽に聞こえていたかはわからない。
*****
空いた皿を重ねて、栞乃はキッチンへ持っていく。
「台所借りるね」
「あ、いいよ栞乃さん」
後ろから惇平がついて来た。お互い前に出るわけでもなく、何となく並んで皿を洗う。「すごく頑張ったんじゃない? こんなにたくさん作って」と栞乃は呟く。惇平は照れくさそうに「栞乃さんも料理上手だし、ちょっと負けたくないなって思っちゃったからさ」と笑った。
「オーバーキルだって」
「そうかな? でも卵焼きは栞乃さんの方が上手いと思うよ」
「ハイハイ、忖度忖度」
しばらく皿を磨き上げながら、「どうしたの?」と栞乃が惇平を見る。「手止まってるよ、源元くん。私の顔になんかついてる?」と眉間にしわを寄せた。惇平は首を横に振って「いや」と口ごもる。
「今、途方もない幸せを感じてた。栞乃さんが俺の家のキッチンで皿を洗っていることに対して」
「向こうからお皿持って来てくれる? まだあったと思うから」
「はい」
頭を掻いた惇平が「栞乃さんさ」と言いながら栞乃の後ろに立った。「どうして鉢倉さんたちと飲み物買いに行かなかったの?」と尋ねてみる。
「どうして、って……飲み物買いに行くのに三人もいらないでしょ」
「そうじゃなくてさ……。俺が栞乃さんのこと好きなの知ってて、どうして二人っきりになったの? 俺の家だよ、ここ」
バッと振り向いた栞乃が、泡のついた手を惇平の顔に押し付ける。
「源元くんのこと疑ってないし、これからも疑わないよ。お皿持ってきてってば」
「……はい」
すごすごとリビングまで歩いて行き、惇平は皿を栞乃に手渡した。「泡ついたまんまだよ、二人が帰ってくる前に顔洗ってきなよ」と栞乃が言う。
「栞乃さんさ」
「うん」
「好きだな、俺。栞乃さんのこと」
「この流れでなんでそうなるんだろ」
洗い終わった皿を軽くタオルで拭きながら、「そうだ」と栞乃は強引に話を変える。
「お菓子持ってきたから、後でご家族と食べて。ご両親によろしくね」
「あー、ありがと。気遣ってくれなくてよかったのに。親もしばらく帰ってこないし」
「そうなの?」
うん、と惇平は何でもなさそうに頷く。栞乃が拭いた皿を棚に戻していた。
「父親が何年も海外に出張しててさ、母親はこっちに住んでるんだけど、すぐ向こう行っちゃうんだよね」
「向こうって、お父さんのところ?」
「そう。父さんのことほんとに好きなんだ、母さんは」
「へえ……」
片付けるのを手伝いながら、栞乃は「でもそれじゃあ源元くんが寂しいじゃん」と言う。それがあまりにもさらっとした温度だったので、惇平は思わず「うん」と言ってしまってから「いや、そうでもない」と言い直した。
「これくらいがちょうどいいよ。自由だし」
「そう? そうかもなぁ……。私の家はさ、なんかThe田舎の家って感じでもう全然デリカシーの欠片もなくてね。嫌いじゃないんだけど、卒業したらすぐ家出たいなって思うんだよね」
「じゃあ俺んち来なよ。自由だよ」
「うんって言うと思った?」
「ワンチャンあると思った」
すっかり綺麗になったリビングを見ながら栞乃は、思い切り伸びをする。
「でも、源元くんのお嫁さんってハードル高いよね」
「ハードル……?」
「こんな料理上手な男の人に一生手料理食べさせるって、屈辱だもん」
「えっ」
深優姫と陽が帰ってきたらしい。栞乃の関心はすっかりそちらに逸れ、「おかえり~」と出迎えていた。一人残された惇平は「えっ……」と呟いてただそんな栞乃のことを見ていた。
「お、俺が一生料理作るよ?」
「それは私の理想の奥さん像じゃない。この話は終わり」
「栞乃さん……」
「停戦停戦。チョコフォンデュしよーっと」
小さな鍋をあたためて、チョコレートを溶かす。栞乃と深優姫が同時に顔を上げて、「なんで落ち込んでんの、陽」「あれ? じゅんぺーくん、なんか落ち込んでない?」と訝しげに小首をかしげた。
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