第4話 僕らは停戦合意破棄の危機を迎えたⅠ

【前回までの振り返り】


在原栞乃ありはらしの

 旅行前にめちゃくちゃ計画を立てるが、計画通りにいかなくても別に気にしない。

 田所陽のことが好き。


田所陽たどころよう

 旅行の計画は立てるが帰り道のことがすっかり抜けている。

 鉢倉深優姫のことが好き。


鉢倉深優姫はちくらみゆき

 計画通りにいかなくても全然いいよとは言ったが遅刻してくるのは違うんじゃないの? って旅行中ずっと思ってる。

 源元惇平のことが好き。


源元惇平みなもとじゅんぺい

 無計画の旅でしか得られないものがあると言い張る。

 在原栞乃のことが好き。




*****




 陽と惇平は、購買で買ったパンを食べながら教室に戻る。「うわ、イケメンと田所が歩いてる」とクラスの女子が揶揄った。「イケメンだって田所だって歩くだろ、生きてるんだから」と陽は眉をひそめる。惇平は全く関係ないような顔でそれを聞いていた。

「田所ってなんで源元くんと仲いいの?」

「別に仲良くないよ」

 惇平がそう答えて、会話は終了する。陽は真面目な顔で「もう2年も終わりなのにそのスタンス。お前割と頑固だよな」と惇平の肘の辺りを小突いた。


 2年の終わり。時は流れ、あの停戦協定から1年が経とうとしていた。


 陽の前の席に座っている深優姫が、「てかなんでもうパン食べてんの? 2時間目だよ」と言ってくる。「授業中に食ってないだけマシ」と陽は平然とした顔で答えた。

「今日バレンタインなんだから、貰ったチョコ食べなよ」

「そういうのは家帰ってから食うって決めてんだよな」

「さすが田所。じゅんぺーくんとかそういうの一切食べないらしいよ」

「あいつに贈られるやつってガチ度がちげえもん。何入ってるかわかったもんじゃないからだろ」

 そんなこと言って、と深優姫は陽の腕をつんつん突く。「田所だってモテるくせに。義理チョコの数で言ったら校内1位だよ」とにやにやした。「嬉しくねえんだよ」と陽は憮然とした顔で頬杖をつく。

「鉢倉はくれないの?」

「いいよ、あげる」

 深優姫はブラックサンダーを差し出した。目を輝かせた陽が「言ってみるもんだなぁ」とそれを恭しく受け取る。

「じゅんぺーくんにはゴディバだけどね」

「言うなよわざわざ。ブラックサンダーに失礼だろ」

 まあ食べてくれないかもだけど、と深優姫は呟いた。「いや、あいつはちゃんと信用できるやつから貰ったもんなら食うよ。ただ大多数あんまり信用してないだけで」と陽がフォローする。

「……あんたって、あたしのこと好きなんだよね?」

「何の確認だっつうの」

「ここぞとばかりに『あいつにゴディバなんか渡したって無駄だ』とか言わないの?」

「言ったって渡すだろ。いいよ、オレはブラックサンダーで。美味いし」

「そういうことじゃないんだけどな」


 ため息交じりに深優姫は「栞乃ちんは男子全員に配ってたね」と話題を変えた。「おー、そうだな」と陽も瞬きをする。

「田所はさ、栞乃ちんから特別に貰ってんの?」

「いや、貰ってない。みんなのと同じ」

「意外」

「なんかオレにだけ特別に用意するのはオレのこと好きみたいで恥ずかしいらしい」

「今さらすぎて言葉失うわ」

 ちらりと栞乃の方を見る。すると栞乃は顔を真っ赤にしていて、「何喋ってるの?」と口の動きだけで訊いてきた。ので、「別に」とこちらも唇を動かして答える。


 そうこうして昼休み、何となく陽と深優姫の席の辺りに惇平と栞乃が集まった。まだ寒い季節なので、屋上へ出ようという気にはならない。

「陽とみゆきち、喋りすぎだよ。授業中ずっと先生に睨まれてるから」

「そんな喋ってないし。田所が話しかけてくんのよ」

「おい。人のせいにすんなって」

「あ、じゅんぺーくん。これバレンタイン」

「ありがと。こんな高いの用意しなくていいよ。鈴カステラとかで」

「鈴カステラ万能説な」

 牛乳を啜りながら「あれからもうすぐ一年経ちますよ、もっかいタコパいっとく?」と深優姫は言う。「いいかも」と栞乃がくすくす笑った。

「もう一年かぁ、あの衝撃の事実から」

「俺たちの停戦協定から、はや一年」

「なんだかんだよく上手くいってるよねえ、うちら」

「普通に気が合うから困るんだよね」

 ここまで来たら他の人たちとこんなには仲良くなれないよな、というのが共通認識である。時折感じる切なさとやるせなさを無視してでも、一緒にいる価値はあった。


「バレンタインだし、チョコフォンデュとかやらん??」

「あり」

「また鉢倉んち?」

「俺の家に来たらいいよ」


 全員、驚いて惇平を見る。惇平はといえば『なぜそんなに驚いているかわからない』という顔でもう一度「俺の家に来たら? 今、家に人いないし」と言った。聞き間違いじゃなかったのか、と深優姫たちは目を丸くする。

「何、その反応」

「……ごめん、源元くんって絶対家に人呼んだりしないタイプだと思ってた」

「普通はしない。住所バレたくないし」

「野良猫が懐いたときの気持ちを思い出すな。オレ、お前のこと好きになっちゃいそうだよ……」

「田所だけ家にいれない」

「今のはさすがにオレがキモかったかなと思った。反省した」

 またアイス持ってった方がいい? と陽が言うので「それでいいことにする」と惇平は仕方なさそうに頷いた。

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