第3話 僕らは停戦協定を結んだⅢ
【前回までの振り返り】
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ミスドならポン・デ・黒糖が好き。
田所陽のことも好き。
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ラーメン、餃子、チャーハン、杏仁豆腐のことを“フルコース”と呼んでいる。
鉢倉深優姫のことが好き。
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ミスドならエンゼルフレンチが好き。
源元惇平のことも好き。
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ラーメン屋に行ってチャーシュー丼だけ食って帰ってくることがある。
在原栞乃のことが好き。
*****
「お納めください」と馬鹿真面目な顔でアイスを差し出してきた陽に、深優姫が「よきにはからえ」と頷く。そんな儀式じみた流れを踏んで、陽はようやく深優姫の家に上がることができた。
「つかハーゲンダッツって言ったじゃん。なんでピノ1個で済ませたん?」
「ピノなら1個で全員楽しめる」
「余りで喧嘩になるじゃん」
「その点トッポってすごいよな。最後までチョコたっぷりだもん」
「頭オカシイ??」
後ろから惇平が「お邪魔します」と靴を脱ぎ、「材料持ってきたよ」と栞乃もビニール袋を掲げる。
「残念ながらビールは持ってこれなかった……栞乃と源元に止められたからな……」
「持ってこようとすんなよ」
「その代わりにクラッカーを買ってきました。今日はたこ焼きパーティーとお聞きしましたので盛大にぶっ放そうと思います」
「ありがと。持って帰って。自分ちでぶっ放して」
今日の田所やばい、と惇平たちを見る。惇平は「いつもやばいよ、田所」と言い、栞乃は苦笑いするだけだった。
たこ焼き器をテーブルの上に出し、生地となる粉を水と混ぜる。「今日、家の人は?」と栞乃に尋ねられ、「ママは仕事。お姉ちゃんはデート」と深優姫は端的に答えた。
「鉢倉さんってお姉さんいるんだ」
「そだよー!」
「お袋さんにオレらが来ること言ってんの?」
「そりゃ言うでしょ」
「迷惑がってなかった?」
「……喜んでたよ、普通に」
たこ焼き器が温まっていることを確認して、生地を流し込む。ぶつ切りにしたタコも投入した。
「割と本当に上手いね、丸くするの」
「信じてなかった感じ? こう見えて関西人なんですわ。小学生の時に引っ越してきましてん」
「エセ関西弁可愛いかよ」
カシャカシャと真剣に生地をかき混ぜ続けている栞乃が、「トマチー焼きと餅めんたい焼きの材料もある。このペースだと鈴カステラまでたどり着けない」と言い出す。「タコパの楽しみ方がプロい」と深優姫は感心した。
全員いい加減満腹中枢が仕事をし始めたので、焼き上がった端からとりあえず陽の皿に載せていく。陽は涼しい顔でそれを消費していった。
「意地でも鈴カステラ作りたい」
「鈴カステラはまだ焼けば持ち帰れるからいいよ。たこ焼きの生地だってこんなに残ってるよ」
「問題はたこ焼き器が一つしかないことだな。焼くのが追いつかない」
「いや、食べるのも田所しか追いついてないから」
新しいサイダーの缶を開けて、惇平が「俺もうギブかもしれない」と言い出す。「ギブのやつサイダー飲むなよ」と陽は突っ込んだ。
それでちょっと手を止めて、深優姫と栞乃も伸びをしたりテーブルに突っ伏したりする。
「ママとお姉ちゃん帰ってきたら二人にも食べさそ~」
「正直その方がありがたいわ……」
ふと、深優姫は惇平を見る。惇平は栞乃のことを見ていた。そして栞乃は――――。恐らく、その瞬間全員がそのことに気付いたのだろう。ハッとして、苦笑し、目をそらした。
「音楽かけよー。なんかアプリでシャッフル再生するわ」
「いいね。カフェみたいだ」
曲が流れだし、ほっと息をつく。「春だね」と栞乃が呟く。確かに流れてきたのは春の曲で、それは爽やかで荒々しくて繊細で――――恐らく失恋の曲だった。
「あたしたちって失恋してる?」
「まだしてない」
「ほとんどしてるだろ、もう」
「まだ全然ワンチャンあるよ。慌てるような時間じゃない」
「だれかにワンチャンある時、そのまただれかにはワンチャンすらなくなっている時なのである」
「哲学っすわ」
「深淵を覗いている時、深淵もまたお前を」
「深淵を覗いている時、深淵はまた別の深淵を覗き、最終的にお前も覗かれている」
「全然違う話になっちゃった」
だから停戦、と栞乃が言う。「ワンチャンで友達なくせねえよな」と陽はぼそりと呟いた。
「……まあ、俺は田所のこと別に友達だと思ってないけどね」
「辛辣」
「あたしも田所のこと友達だと思ってないよ」
「それっていい意味で??」
「この流れでいい意味でってことないでしょ。そういうとこだよ」
「私も陽のこと友達だと思ったことない。これはいい意味だよ」
「停戦停戦」
オレ友達ひとりもいねえのかよ、と陽は嘆く。「友達じゃないやつと半日タコパせんけどね」と深優姫は吹き出した。
深優姫の姉が帰ってきて「うわ、まだやってたん?」と言いながらたこ焼きの消費要員となった。
「ねぇね、信じられる? あたしたち、深淵なの」
「わかるわ。高校生なんてみんな深淵よ」
「っぱ女子大生が言うことはちげえなぁー」
何とか鈴カステラを焼き、全員で山分けして帰った。
「在原さん、家まで送ろうか」と惇平が言う。「いや栞乃は普通にオレの隣の家だから」と言った陽がグーで殴られていた。
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