推し論

サヨナキドリ

『推し』という言葉

「送ってくれてありがとう!推しのライブなのに、電車もバスも近くまで来てなくて」


 そう言いながら、女性は助手席から降りる。


「『推し』、ねぇ……」


 ハンドルを握る男が、わずかに顔をしかめながらいう。言葉に込められた否定的なニュアンスを感じ取った女性は、すこしむっとした表情で男に言った。


「何?その含みがある言い方」

「いや、俺『推し』って言葉が大嫌いなんだよ」


 男が吐き捨てるようにいう。女性が眉間にしわを寄せながら訊ねる。


「なんでよ」

「秋○康臭が強すぎるから」

「は?」


 突然出てきた具体名に、女性はポカンと目を丸くした。男は一度、深く呼吸をしてからいう。


「『何かを好き』って気持ちなんて、ほんとはそれと自分の2者だけで成り立つ、成り立つべきものなんだよ。でも『推し』って言葉は違う。『推し』と言っている以上、『推しを推す相手』という第三者が確実に含まれている。その傲慢さがたまらなく嫌。誰に推すんだ?まだそのメンバーを知らない人間か?グループのプロデューサーか?『好き』っていう何ものにも代え難い気持ちを買ったCDの枚数に変えて可算化して、グループ内でランキングを押し上げて自分が好きな人に影響を与えたって達成感と引き換えに、そこから利益を吸い取ってやろうって魂胆が見え見えなんだよ。だから『推し』って言葉が嫌いなんだ。何が『推し』だよ。『好き』って言え『好き』って」

「何もそんなに捲し立てなくてもいいでしょ。君にも推し……好きな相手ができれば分かる時が来るだろうし」


 女性は少し気圧されながらも、達観したような雰囲気を出しながらいう。男は小さく笑って応えた。


「俺が好きなのはお前だけだよ」


 女性が目を丸くする。顔が真っ赤になる。


「は!?……私推しってこと?」

「まさか。言ったろ?『好きって気持ちは2者だけで成り立つ』って。お前を好きだなんて、お前にしか言わねえよ」

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推し論 サヨナキドリ @sayonaki

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