第11話 指名手配

「先日に封書をした『雨の降らない日』だが、あれは元々個人所有のものだと判明した」


 戦技官のミーティングに初参加したのはいいけど、雰囲気は異常なほど物々しい。

 戦技局の大部屋には百人以上の戦技官が詰め込まれて、私は訓練兵としてではなく、ほとんど雑用ばかりをしていた。会場設営にお茶汲みに、それが終わると書記として会議で飛び交う質疑応答を書き記していく。


「ジェイド・クロードというフリーの魔導書専門の傭兵だ。蔵書量はそこらの図書館の何倍もある手練れだ」


 あわわ、いつものイリスさんの声のスピードなのに、文字に起こすと大変な量だ。わからない漢字はカタカナで残しておくとして、聞き逃した部分は……空けておこう。後で謝らなくちゃ。


「そのうちの何冊かの魔導書が奴の手から離れ、暴走している。雨の降らない日を含め、六冊が暴走し、死傷者も出ている。よってクロードを指名手配し、拘束せよと命令が降った」


 これって私が参加していい会議なのかな。なんだか偉い人ばかりみたいだし、イリスさんからもお行儀良くしなさいって厳命されてるし、ああ、また聞き逃しちゃった。


「日時は明日、十二時。家宅捜索は私が行う。第一から第三までは周囲を警戒し、突入の合図を待て。詳細は各自資料を送る。質問は」


 誰も手を挙げなかったので、イリスさんは会議を締めた。解散とだけいうと、物凄い勢いで会場は無人になり、もう一人の書記さんが、


「まとめておきます」


 と言ってくれたのでお任せした。間違えた箇所がいくつもあると謝罪すると、それが普通ですよと慰めてくれた。


「桜!」

「わ! は、はい!」

「一緒にきなさい。見学だ」

「見学……」


 これは一種の符丁で、イリスさんは見学と称して現場での実戦経験を積ませてくれる。見ているだけじゃなくて、支援攻撃や負傷者の手当て、伝令の中継をしたり、レベル2の魔導書に蔵書鉄鎖もかけた。


「嫌かい?」

「そうじゃないですけど、私、まだまだ見習いだし、訓練兵がイリスさんたちの現場に出ても迷惑じゃないんですか?」


 イリスさんは大袈裟なほどに首を振った。「迷惑じゃないさ」


「訓練兵から昇進するとね、上級訓練兵、そして準尉と進む。私はお前に自衛ができるようになってもらいたいんだ。そのために訓練をし、階級をあげればそれだけできることも増えてくる」

「昇進が自衛とどう関わってくるんですか?」

「偉くなれば撤退を選べる。新米は指示を仰がないといけないからね」


 いろいろと考えてくれているんだなあ。なんて失礼なことを思っちゃったけど、イリスさんは本当に私のために見学させてくれている。


「どうかな。学校が終わった後、一緒に見学しないか」


 放課後ってことは、図書館にはいけない。そのことを見透かしてか、彼女は微笑む。


「司書さんには私から連絡しておくよ」

「あ、あの……ありがとうございます」


 よろしい。そう言って会議室の後片付けを始めた。さっきまで壇上で勇ましくしていた人自ら雑務をしているから、廊下を通りかかった人たちも参加して、あっという間に終わってしまった。


「家まで送るよ」


 最近はあまり図書館に行けていない。読書の量は相変わらずだけど、なんだか寂しい。

 ブックマークを図書館にしているから厳密には行けていないわけじゃないんだけど、時間もまちまちだし、裏口から出入りしていいと司書さんが言ってくれたからそこを利用している。この寂しさは、彼と顔を合わせる機会が減っているんだ。本についてあれこれとお喋りする時間が減っているんだ。


「偉くなればね」

「え?」


 図書館に着いてからイリスさんは言う。


「偉くなれば、自分の時間も持てるんだ。こうやって呼び出されたりせずね。だから私も趣味を持てている」


 好きなことをしたいだけする、それが一番じゃないか。おやすみと言って彼女はミドルレインへと帰った。


「偉くなるって、私まだ中学生なのに」


 非常灯だけが灯る六時過ぎ。もしかしたら司書さんはいるかもしれない。でも、会う気にはならなかった。


(戦技官の制服だし、会ったら見学のことも喋っちゃいそう)


 訓練兵を危険な場所に連れまわしている事がバレると問題だから内緒にしておいてくれ、とイリスさんは言う。ウインクしていたから真実かどうかはわからないけど。


 裏口のドアの鍵は私が持っている。わざわざ司書さんが合鍵を作ってくれたのだ。


(ごめんね司書さん。また会いにくるから)


 会いに? いやいや本を読みにくるんだよ。でもどっちでもいいかな。

 家に着くとガジェットの脱装着を練習。筋トレをして、戦技局の戦闘マニュアルを読む。わからないところには線を引いて、後日イリスさんに質問する。読書したいがためにスピード重視でやっているけど、こういう時、無性に不安になるんだ。


(こんなことしなくても、イリスさんとか司書さんが守ってくれる、はず)


 世界に自分だけしかいないような孤独感と、訓練の合間にあるわずかな開放感が、むしろ焦りをもたらす。無為に毎日を過ごしているはずはないのに、だけどしてきた事の意味を確かめたくなる。しかしその意味を見出すには、危険の中に進まなくてはならず、それは私も含め、司書さんやイリスさんの望むところではない。


「はあ、マニュアルってあんまり面白くないなあ」


 レベル3の魔導書をとある座標に置き、手持ちの部隊をどう動かして対処するか。そんなのわかるわけない。


(司書さんならわかるのかなあ)


 大人のお友達というか、イリスさんや司書さんはどうやって勉強してきたのかな。それぞれに過去があって、経験を積んで、今の姿がある。今の私はその過去の途中にいるわけで、


(あの人たちは諦めなかったんだろうなあ。練習もして勉強もして、戦ってきたんだ)


 そう思うと、単純だなって気もするけど、やる気が出てくる。学校の宿題もあるし、イリスさんの課題もある、へこたれていたら明日になっても終わらない。


「頑張るぞ。おー」


 一時間で終わらせる。そして読書を楽しむんだ。やる気のあるうちに頭に詰め込んじゃおう。

 


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