第10話 似ている
「調子はどうなの?」
「悪くないよ。入院したけど、点滴うっただけだし」
村雨は首を傾げ、鼻で笑った。
「姫昏さんのことじゃなくて、期待の新人のことだよ」
書評会は続いている。噂の少女が巻き込まれた勇気の蝶番を追うために、隣町の村雨まで捜索に参加し、支部長はあらかたの事情も説明している。
「ああ、そっちか。頑張ってるよ。湿布代もばかにならねえからって、イリスから小遣いもらったよ」
「なんで姫昏さんがもらうの?」
「それは……あ、支部長、今日は何を」
図書館で湿布を貼ってやっているなんて言っても、どうせからかわれるだけだ。村雨は他に言いふらしたりしないだろうが、うざったく絡んでくるのは間違いない。
「くっくっく、司書さんも大変だなあ」
「うわ。めっちゃ含みのある言い方。ねえ、なんでお小遣いもらってるんですか」
「えー、一ヶ月前の蝶番の件ですが、いまだに発見できておりません」
「はぐらかさないでよ」
むくれても無駄だ。俺は口が硬いんだ。
「あはは、まったく戯れやがって。和むね、最近は忙しいから、お前らと馬鹿やってるといい息抜きになる」
支部長は黒いクマを擦った。久しぶりのレベル5案件だ、そりゃあ忙しくもなる。
存在するだけで人心を惑わし破壊する、というのがレベル4。
レベル5はその上で物質にも影響を与えてくる。都市が前兆もなしにぶっ壊れたり、蔵書鉄鎖も効果がなかったりする。
「蝶番は引き続き捜索を続けろ。悪いが、今日はあがらせてもらうよ」
「了解。体には気をつけてくださいね」
村雨は殊勝なことを言って喜ばせたが、いくらでも無理がきく人だ、忠告なんてしてもしなくても変わらない。
「姫昏、お前は何もなしか」
「え? ああ、頑張ってください」
「……掛羽はもう実戦に出たぞ」
「嘘だろ!? 早すぎる! イリスのやつが連れ出したのか、訓練兵だってのに、どこの現場だ!」
かっとなって立ち上がった拍子に椅子が倒れた。唖然とする村雨だったが、すぐに椅子を元に戻した。
「え、なんでそんなに興奮してんの。訓練兵だったらおかしくないでしょ」
「馬ァ鹿か、あの子は一般人だぞ」
「いや、戦技官でしょ? 聞いてるよ、ガジェットも使いこなせるし、魔法もそつなくこなすスーパールーキー。むしろ遅いくらいだよ」
「レベル1の読み伏せ、じゃなくて封書か。それを見学させただけだとさ」
封書というのは戦技官が使う用語だ。しかしレベル1とはいえ、見学とはいえ、あの子は筋肉痛でヘトヘトになってるんだ、イリスのアホめ、ぶっ飛ばしてやろうか。
「姫昏さん」
村雨がぽんと背中を叩いた。俺を座らせ、微笑を浮かべる。それは労りに違いなく、眉根を揉んで息を吐く。
「すまん村雨」
「いいって」
支部長はそれじゃあと部屋を辞していく。扉に消える前に、俺を呼んだ。
「重ねるのもいいが、程々にな」
支部長! と村雨が先に反応した。すでに支部長の姿はなく、村雨だけが息巻いている。
「いいって。村雨」
「だけど」
「言われてみればそうかもしれねえな。そうだよ、あいつが一線を退いたのもあのくらいだったっけか」
後輩がいた。しかし魔導書が全てを消し去り、思い出だけを残した。そこにまつわる感情は胸の奥底に沈めていたつもりだったが、それがここ数年は浮上してきているのかもしれない。
「だけど似てないよ。いいや、似ちゃいけない」
馬鹿な女だ。本当に、奴ほど愚かな司書はいない。
(ああ、死に損なった。あそこで、俺は)
死ぬべきだった。
「だせえ桜吹雪のスタジャンに、咥えたまんまのラッキーストライク。オールバックに決めて颯爽登場。俺は、姫昏天兵は、あそこで」
「ストップ。昔語りはやめて。しんみりしてるところ悪いけど、その話聞くと笑っちゃうから」
村雨は俺の当時を知っている。どんな姿で読み伏せをしていたのか、何を好んでいたのか、記憶に克明に刻んでいる。写真まで撮っていて、時たま見せびらかしてきて俺の頬を羞恥に染めるのだ。
「今さ、懺悔っつーか、後悔っつーか、そういう独白のタイミングじゃなかった?」
「ここでブルーになられてもさあ。それよりご飯行こうよ。お腹へっちゃった」
「……いいけど」
気を使わせたのかもしれない。センチになってごめん、と素直になりきれないのは彼女に嫉妬しているからかもしれない。異常なほどタフな彼女に、あいつと親友だったのにもかかわらず、こうして俺を労ってくれるその優しさに。
「奢ってくれたり、する?」
上目遣いなんてするほどのことかよ。
「居酒屋。ビールは二杯。注文は三品。一時間きっかり」
「刺身。鉄板焼き。それから」
「やっぱ二つ」
「ああ!? 揚げだし、枝豆、ねぎま!」
「よろしい」
ガッツポーズなんてするほどのことかよ。
(支部長じゃねえが、まあ、そういうことだ)
和んだりはしない。懐かれているんじゃなくて、タダ飯のためだ、こいつはそういう奴で、うざったるく絡んでくるだけ。和んだりは、しない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます