第9話 司書さん、似合う?
「訓練ですか?」
今まで休日といえば、朝からベッドの中で読書ができる日、という認識でいた。
「そうだとも。桜、これを扱うには努力が不可欠だ」
しかし早朝からイリスさんに図書館に呼び出されてしまった。事前通達がなかったのか、司書さんの頭には寝癖がついている。いつもの場所だけど、今日はなんだか特別な雰囲気だった。
「これって、どれですか?」
彼女は袖をめくり、銀の腕輪をあらわにした。
「この腕輪、これが武器だ。『ガジェット』といって、これを駆使するものが魔導戦技官だ」
その説明は受けていたけど、この腕輪が武器だなんて信じられない。どう見てもきれいな装飾品の域を超えてこないもの。
「やり方は……教えたっけ?」
「まだなにも」
「そうか。簡単だよ。はいこれ」
青いビー玉みたい。それを告げると、同感だと笑って、
「今度ネックレスに彫金するから、今は我慢してくれ。訓練兵より上になるとガジェットが身分証になるんだ。でね、自分で言うのもなんだけど、中身にはすごくこだわったんだ」
「中身、ですか」
太陽に透かしてもおかしなところはないし、それどころか一層ビー玉に見えてくる。というか、からかわれているんじゃないかな
なんて失礼なことを考えていると、ビー玉がキラリと輝いた。
『所有者情報確認』
「うわあ!?」
ビー玉が喋った? 驚いて手を離してしまい、コツンと床の上に。
「驚いたかい? ガジェットは人工知能を搭載し、きみの戦闘データの解析なんかにも使うんだ。便利だし、喋ると愛着もわくだろう」
「愛着ですか……?」
犬や猫みたいにはいかないと思うけど、さっきの声は機械音だったけど女の人みたいにも聞こえたし、そこはイリスさんの配慮なのかな。
拾い上げるとまたキラリ。所有者情報とはなんなのか、ともかくビー玉はそれを認識した。
「着装、と言えばガジェットが武器と防具を纏わせてくれる。こんなふうにね」
イリスさんがそう唱えると、腕輪が光を帯び、一瞬のうちに変身した。
首から腕、そして胸から腰には分厚い具足が生み出され、腰より下はそれより少しだけ薄く鎧を纏っている。そして大ぶりな銃が目を引く。
「これが一般的な戦技官の装備だ。動きやすいし、銃もなかなかに威力がある」
「へえ。じゃあ私も」
着装、と呟く。体の内側から力が漲るような、そんな感覚が指先に熱を持たせ、髪の先まで逆立つような鳥肌が立った。
「イリスさん、ちょっと過保護ですよ」
司書さんはそんなことを言った。
「自分の身は自分で守る。このくらいでちょうどいいんだ。姿見はあるか」
「こちらに」
司書さんが使う休憩室にはクローゼットがあった。そこの内扉についている鏡で自分を見ると、
「はー、なんだか学校の制服みたい」
と、自分でも呆れるくらい馴染んでいた。くるぶしまであるスカートにボレロ仕様のジャケット。白がメインカラーだけど、胸元やスカートの裾には桜の花びらが舞っている。
「刃も弾丸も通さず、衝撃にも強くした。熱波だろうが寒波だろうが、落雷にも耐えうる。スペックだけなら幹部クラスだし、武装だって特注した」
桜、手を前に。イリスさんに言われるがまま手をかざすと、ぱっと現れるのは無骨な杖だった。先端には格子状の立方体が備わり、その中心に赤い炎が揺れている。
「二種類のモードを用意した。杖と銃の二刀流だ」
どうやらガジェットは思うだけで操作できるようで、長々と続くイリスさんの説明を半分も聞かずに解除した。手の平にはビー玉が輝き、なんだか目があっている気がする。
「あれ? もっと説明させてよ。デザインも私がしたんだよ? 武器の形状変化にもアイデアを出したし、装弾数だって」
「あ、あはは。ありがとうイリスさん。で、訓練は何をするの?」
「おっとそうだった。すまない、お披露目でテンションが上がってしまった。本題に入ろうか」
喉で笑う司書さんは、中断して正解ですと言わんばかりにウインクをしてくれた。
図書館に行くこと。放課後のほとんど日課であるそれをするのに、今まではスキップとまではいかないけど、横断歩道をなんとなく早足で渡ってみたり、人目のないところで走ってみたり、それくらいには興奮していた。
「司書さん……ごめんね、こんなことさせて」
「いいんですよ。お疲れでしょう」
戦技官は武具の扱いに長けていなくてはならん。同時にガジェットを扱う上で魔力も必要になる。それらを並行して行うには、筋トレが効果的だ。
というイリスさんの教えにより、私は腕立て伏せや腹筋のノルマを課せられている。この回数が本のページ数だったら、十倍、いや百倍だってやってみせるのに。
「湿布だけで大丈夫ですか? お医者さんに診てもらった方が」
「ううん、平気。ちょっと疲れただけだから」
無理してここに来るより、家に帰った方が疲労回復にはいい。それは間違い無いんだけど、どうやら私はここの空気を取り入れないとだめみたい。
司書さんは腕や肩に湿布を貼ってくれる。おっかなびっくりな手つきでシワができることもある。その言い訳として不器用だからというのだけど、押し花を栞にしたりする人だもん、他に理由があるに違いない。
「ガジェットを装着するのにも魔力は必要ですからね。あれをするだけでヘトヘトになるというくらいですから、あなたなら倒れてもおかしくありません。無理だけはしないように」
人は誰もが魔力を持っている。司書さんの魔導書や私たちのガジェットはそれを源にして効果を発揮しているのだけど、これは訓練で伸びるらしいから、
「イリスさんってばすごい張り切っててね、お休みの日にはいつも訓練に付き合ってくれるんだよ」
まずは腕立て二百回、と指示されたとある日曜日の公園朝八時のことを、私は長く忘れないだろう。
「あの人は、律儀な人ですから。でもその成果はあったと思いますよ」
「そうかなあ」
「ええ。少し前のあなたとは別人のようです」
司書さんや支部長は会うたびにそう言ってくれる。そういえば、支部長にはミドルレインに連れていってもらったっけ。なんだか都会って感じがしたけど、魔法がある以外は特別なことはなかった。もっと物語みたいにファンシーなのかと期待したけど、スーパーもあれば喫茶店もあった。
「だといいんだけどねえ。あいたた……」
腰をさする。制服に湿布の匂いがうつらないようにしないとなあ。アキちゃんはすぐに気がついて「桜ちゃん、一緒に保健室に行こうか」なんて心配してくれたけど、ひどい筋肉痛なだけだから、むしろ妙な心配をさせてしまって心苦しい。
「宿題もあるんだよ。魔力を制御しなさいとか、戦技官のマニュアルも渡されたし、それに、そうだ、名前」
ガジェットには名前をつけなさい。と、命令されている。それをしないと大変なことになるらしいんだけど、どうなるかは教えてくれなかった。
「ああ、それは重要ですね」
「どうして?」
「自分の相棒になる存在ですからね。頼れるものは自分と仲間、そしてガジェットです。三つで一つ、どれが欠けてもいけませんから」
それに犬を犬と呼ぶのも味気ないでしょう。そんなふうに諭されると、頷いてしまう自分がいる。
「でも、名前かあ。ね、司書さんたちは魔導書をなんて呼んでるの?」
「へ? それは、タイトルをそのまま」
「あだ名とかつけないの?」
「人によりますね。私は」
ぽんとウィンディを取り出して、小さく収縮させた。ポケット辞典くらいの厚さにして、自分を扇いだ。
「ウィンディと呼びますよ。古い文字で書かれていますが、内容は風の魔術が多いものですから」
「ほえー、私もそういう格好いい名前にしたいなあ」
「私のが格好いいかはともかく、大事にしたいという思いがあればどんなものでも大丈夫ですよ」
「もう、他人事だと思ってるでしょ」
「ははは、そんなことは、ははは」
どんなに体が痛くても、鞄の中には本がある。このわずかな重量でさえ肩は軋むけど、それでも頭が本を求めてしまうのだ。
「書評会まで一週間なんだけど、でもまだ半分しか読めてないの」
「最後まで読めていないといって、途中までにしてもらえるよう頼んではどうですか?」
「二週目の半分なの。でも読めば読むほど感想がね」
「ああ、なるほど。あなたの根性を侮っていたようですね」
司書さんは何がそんなに面白いのか、私が帰るその時までずっと笑顔だった。
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