第2話

朝から可愛らしい相坂にかまっていると、彼女のスマホに連絡が入りそのまま通話しながら慌ただしく準備を始めた。おそらく正義の組織関係だろう。「忙しそうだけど頑張ってね」とエールを送ると恨みがましそうにこちらを睨み、何故かキスをしてから出かけていった。




一人で暮らすには充分な広さのマンションに雑誌で見るような家具をそのまま押し込んだ部屋にぽつんと一人。部屋には彼女の香りがまだ残っており、少し寂しくなる。彼女、相坂りおんとは付き合っているわけではなくたまに一夜を共にするパートナーとなっている。何がきっかけか、彼女が言うには俺が命の恩人らしいが全く覚えていない。しかし、まぁいいだろう。この関係は落ち着く。




「あっ、そろそろコーヒーを飲んでから1時間か。 禁断症状がでるまえにでかけるか」








家からでて15分ほど歩くと、コテージのような外装の店の前にたどり着いた。中に入るとこれまた渋いイメージの内装であり、落ち着いてコーヒーを飲むには最適の場所であることが伺える。ここは自分のお気に入りの場所だ。




「マスター、いつもの」


「…………」




軽い口調で注文すると隣の客がびくりと肩を震わせたような気がするが、この場所が初めてなのだろうか。奥の方に座る常連の人たちは静かに何かを眺めている。確かにいかにも何人かやってそうな強面のマスターであり、見た目通り寡黙であるが、腕は確かなため常連は文句を言わない。強面も慣れるものだ。




どれ、これもマスターの為だ。常連を増やすために協力するか。そう思い隣の席を見るとそこには女性が座っていた。腰まで伸びた長い青髪にどこか神秘さを感じさせる青い目。凛とした佇まいはどこか大人びていて思わず息をのんでしまった。




「綺麗な青色ですね、貴女によく似合っている」




思わず軟派な声かけに変わってしまったのは仕方がないだろう。




「ふ、急に何を言いだすかと思えば心にもないことを言うものだな」




どこか


嘲笑したような顔でそんなことを言ってくる。




「本音なんですけどね」


「だいたい貴様は赤が好きなんだろう? 血のような毒々しい赤色が」


「なにそれこわい」


「ん?」


「なんでもないです」


「ふ、やはり変なやつだな」




変なのはどっちだろうか。見た目に反してクレイジーな人物に話しかけてしまった様だ。




「それで貴様はどうするつもりだ?」


「どうって?」


「ふん、わかっているくせに面倒なやつだな」




急な問いかけに当然のように聞き返すと、青髪の女性は顔をしかめてめんどくさそうにため息をついた。




「この前の血の粛清事件で正義の組織、悪の組織それぞれが大きな損害を負った。


戦闘中に現れた謎の人物によって瞬く間に戦場は血の海と化した。そして双方の仲間が駆け付けた時にはすでに姿を消していた…。


その人物の手掛かりは今だつかめておらず、分かっているのは灰色の髪色のみ…正義も悪も血眼になってその人物を探しているわけだ」




そこまで言うと少し冷めたコーヒーを一口飲み、こちらを探るような目で見つめてくる。




「その人物は誰なんだろうな?」




少なくとも俺じゃないことはわかる。そんな物騒なことはした覚えがないし、そもそもできない。


正義の組織と悪の組織が人知れず戦闘を行っていることはよく知っているが、そんな事件があったことは初耳だった。




――りおんちゃん大丈夫かな。あ、大丈夫だわ、傷ひとつなかったな。


昨日のことを思い出しふっと笑みがこぼれてしまう。いかんな、はたから見たら急ににやけだす変態だと思われてしまう。反省反省。




「……その様子なら大丈夫そうだな」


「だからいっただろう」


「っ! …ボス、私の杞憂だったようです。申し訳ございません」




隣で渋い声が聞こえたのでふと隣を見ると寡黙なマスターと青髪の女性が何やら話していた。なんだ常連さんだったのか。一人納得して頷いているとマスターがコーヒーを俺の前に差し出していた。




「ありがとうございます!!」


「灰色の、あまり一人ではしゃぐなよ」




おっと、コーヒーの香りでハイになっていたみたいだ。マスターに注意されてしまったようだ。そうだよな、こういうのはゆっくりじっくり味わうのがいいんだろう。




「あっはい、すみませんあまりにも美味しそうだったので、つい」


「お前なら大丈夫だろうがな。だが、たまにはこちらにも顔を出せ」




げっ、最近駅前にできたストバに通っていたことがバレてる…!? さすがマスターだなぁ。


何やら恥ずかしくなったのでコーヒーを一気に喉に流し込むと、




「ごちそうさまでした! また来ますねマスター!」


「あっ、おい待て!」




最後に青髪の女性が何やら叫んでいたが、俺は気にせず店を飛び出したのだった。




……あっ、連絡先だけ聞いとけばよかったかな言動はともかく可愛かったし




最後まで欲望に忠実な男であった。








―――――


男が去った後の店内は妙な静けさに包まれていた。その静寂はカウンターから離れた奥の席に座る男の声で破られた。




「あれが灰色の魔物…」


「ああ、間違いねえな。うちのボスと大幹部を前にしてあの態度、ただもんじゃない」


「聞いてるこっちが震えてきちまったよ」


「ハハ、まァいいではなィか、彼奴のお陰で憎き正義ノ組織も同業ノ組織も戦力が削がれたのだからナ」


「確かにその通りだ! これからは俺たちカースドの時代がくるってこったな!」


「そういうこった!」




先ほどまでの静寂はどこへやら。


店内には笑い声が溢れており、週末の大衆居酒屋のような賑やかさに包まれていた。

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