見えない推し活
織宮 景
見えない推し活
「みんなー!応援してくれてありがとう!」
男性アイドル達が壇上で歌を披露していた。ファンもそれなりにおり、会場は熱気に包まれていた。その男性アイドルの熱いライブに惹かれる者は人間だけではない。
「どうしたの?肩そんなに回しちゃって?」
「なんか最前列にいると肩が凝るんだよね」
「サイリウム高く上げすぎて疲れたんじゃない?」
「そうかな………」
最前列の女性ファンが呟く。しかし、彼女がその原因を突き止めることは不可能だ。
「ユウくーーーん!かっこいいーーーーーー!」
1人のファンが壇上にしがみつきながら見ている。一般人であれば、即ご退場をお願いしたいところだが、彼女にそれはできない。いや、しない。
何故なら彼女は誰にも見えない………幽霊だから。
この幽霊は男性アイドルユニット『ギルティー』の司というアイドルのファンであり、毎回ライブ会場に通っている。幽霊になってこうして最前列に行けるわけだが、不満な点もある。それは推しのグッズを買えないことだ。毎度ライブがある度に、グッズを買う人間を見て呪っている。呪っていると言っても、机の角に小指をぶつける程度の不幸にあうことぐらいだ。
ライブが終わり、ファンとともに会場を出る。いつも通り、グッズを買うファンに呪いをかけていた。しかし、ライブが終わり、ファン同士が賑やかに推しについて語り合っている姿を見て、誰にも構ってもらえない自分の存在に孤独感を覚える。その寂しさから賑やかな大通りではなく、冷ややかな裏道を通って自分の墓地へ帰ろうとしていた。
その時、裏道を出た先の通りで推しの司がいた。どうやら会場から家に帰る途中らしい。
「さすが司様だわ!私服姿もかっこいいーーー!ダボダボズボンも似合ってるわ!」
推しがどんな服を着ていようが、ファンは全てが似合ってると勘違いしてしまうのだ。幽霊は神を拝むように手を組む。そしてある衝動が生まれる。
「家、ここら辺なのかしら」
幽霊が正気に戻った時には既に遅かった。気がつくと、彼のマンションまで来てしまっていた。このような行為は幽霊としては取り憑くことができてOKだが、ファンとしての心がそれを許さない。理性を取り戻し、その場を去った。
だが、次の日も、また次の日も彼をストーカーしてしまっていた。誰にも止められないことがこれほど辛いのは幽霊になって初めてだった。
「こんなことしちゃダメなのに………」
何度もギリギリで理性を取り戻す。こんなことが続いたある日。
「あなた、取り憑かれてますよ」
司が建物の影で椅子に座る老婆に声をかけられる。気配が薄い老婆がフードの下から鋭い目を向ける。
「私が払って差し上げましょうか?」
「霊媒師の方ですか?」
「はい。見えますよ。霊があなたの後ろに立っています」
司の後ろに指を刺す老婆。
「私ならその程度の霊、造作もありませんよ」
払う気満々な老婆に司は。
「いえ。結構です」
「えっ?」
司の衝撃的な発言に目が点になる老婆。
「俺も多少見えますけど、この霊に悪意は無いと思います」
「兄さん。見えるのかい!?」
「ええ。なのでこの霊は払わないでおいてもらえますか?悪霊特有の気配もありませんし」
「いいのかい?そのまま放っておいて」
「構いません」
きっぱり断る司。
こうして1人のファンが救われた。
見えない推し活 織宮 景 @orimiya-kei
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