第46話 《月子》 望んだもの
「――いろいろと、申し訳ありませんでした」
廊下に、聞き慣れた声が響いて、思わず足を止める。
呆然と突っ立っている父さんに向かって深く頭を下げているその姿を見て、膝が震えだす。
ああ、本当に。
本当に、この人は馬鹿みたいにちづ姉を愛している。
700年の時を超えても、今もまだ、誰よりも深く愛している。
もちろんあいつよりも。
この世の理なんて全部ぶち壊して、そうしてまた出会えた。
「お父さん、太一兄ちゃん……、私も夢みたいで……」
泣きはらした目をしたちづ姉が、その人の腕を取りながら、浮遊した声を上げる。
父さんと太一兄ちゃんは、依然反応できないようだった。
突然のことに頭が働かないのか、ただ食い入るようにその人を見つめている。
でも、誰なのかよくわかるはず。
父さんの足に絡み付く、無邪気なヒロとそっくりだったから。
「――ちょっと、遅いよ」
声を上げると、その人はあたしに目を向ける。
そうして、ふっと砕けるように笑う。
その笑顔、大好きだった。
もちろん、今も大好きだ。
懐かしさに、胸が締め付けられる。
「あたし言ったよね。必ず会いに来て、って。あれから何年経ったと思う? さすがにこんなに待たせるなんて、思わなかったんだけど」
「悪かった。思い出すまでに苦労したんだ。こんなに何年もかかるとは自分でも思っていなかった」
ちづ姉は、あたしとその人を交互に見て、きょとんとしている。
「あの日、あの峠でお前と交わした約束、忘れたわけではなかった。あれも思い出す一つのきっかけになったように思う。心配をかけて、遅くなってすまなかった」
「うん。いつ約束を果たしてくれるか、正直やきもきしてたよ。でも、守ってくれてよかった」
ちづ姉に会いに来てと言ったあの約束。
果たしてくれて、あたしは心から嬉しい。
こうやって700年ぶりにもう一度、話ができてあたし自身も心の底から嬉しい。
ありがとう、大塔宮様。
これであたしも、全部救われる。
「もう、待つのは終わったってこと?」
あの場所で、ひたすら待つのはもう。
「ああ。もう終わりだ。もう、俺は自由に生きる」
自由に、そう言った言葉が、何を指しているのかわかる。
700年前から続く、この人を縛っていた何もかもから、もう自由に生きる。
「あたしたち、今、あの時望んだ国に生きてるよ」
自由で、優しい国に。
これ以上の自由も、優しさも、存在しない。
あの日望んだ世界で、またもう一度やり直せる。
そうでしょ?
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