第45話 《月子》 心配
「――千鶴子は大丈夫かな」
父さんが心配そうに時計を見上げている。
ちづ姉は鎌倉に行ったまま、なかなか帰って来ない。
何かあれば連絡が来るはず。
いろいろと向き合うことが多くて、少し長居しているのかもしれない。
懐かしい景色に目を奪われて、数時間そのまま過ごすこと、あたしもあるし。
「そろそろ帰ってくるよ」
窓の外は、赤く燃えている。
夕暮れがさらに深まり、次第に夕闇が降りてくる。
大丈夫だって、と言うけれど、父さんは落ち着かない。
場所が場所だし、また何かあったら、と思ったら気が気じゃないみたいだ。
「ただいま~。あれ? 千鶴子とヒロは?」
太一兄ちゃんが仕事から帰ってきて、きょろきょろしている。
「まだ」
「はあ? 遅いだろ。大丈夫なのか?」
父さんと同じように太一兄ちゃんが青い顔をする。
「大丈夫だって」
心配するのはよくわかる。
あたしだって、心配だ。
もしかして、またあの人の手がちづ姉を700年前に連れ戻したとか――?
いや、そんなことはないと思う。
大丈夫。
さっきから、大丈夫という言葉をずっと胸の中で繰り返している。
もしかして、一番落ち着かないのは、あたし?
でも、いつまでも避けて通れない場所だよ。
則祐とも話したけど、鎌倉を無視したまま生きていけるわけがない。
そんなことよくわかっている。
頭ではわかる。
でも、帰ってこないと不安になる。
大和とちづ姉が開いた穴に落ちて消えたと、聞いた時の恐怖が甦る。
それはあたしだけじゃなくて、父さんも、太一兄ちゃんもだと二人の落ち着きのなさから伝わってくる。
「とりあえず、千鶴子に電話しよう」
「そうだな、えっと携帯携帯……」
太一兄ちゃんが慌てたようにポケットから携帯を取り出す。
ちょうどその時、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまーっ!!!」
元気なヒロの声とどたどたと玄関を上がる音が聞こえて、誰が帰ってきたかわかる。
「千鶴子とヒロだ」
父さんはほっと胸を撫で下ろす。
「よかった、心配させるなよお~」
父さんと太一兄ちゃんが慌ててリビングから駆け出していくのを見て、ほっと息を吐く。
だから大丈夫だって言ったのに。
でもちょっとちづ姉に怒ろうかな。
心配するから連絡くらいしてって。
ああ、また自分が過保護になっている。
ちづ姉だってもう大人だし、日暮れまでには帰ってこいなんて、いつの時代の門限なのか。
大きく息を吐いて、胸を撫で下ろす。
それを合図に、あたしもリビングを出て玄関へ向かった。
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