第44話 《月子》 願い
『――でも、千鶴子さんが一歩を踏み出せてよかった』
則祐のその言葉に、うん、と呟く。
ちづ姉はあたしたちとは違う。
あたしたちは一旦死んで、輪廻を繰り返して今日に辿り着いているけれど、ちづ姉はタイムスリップしたせいで、《一度も死んでいない》。
700年前から地続きの今を生きている。
ちづ姉にとっては、全部現実で、全部【今】。
700年前も、700年後の今日も、ちづ姉の【今】だ。
思い出すらリアルすぎて、目を背けることを許してくれない。
ちづ姉が踏み出したその一歩が、どれほどの勇気と恐怖でできているのかと思うと、胸が締め付けられる。
懐かしくて眩しい日々は700年前にあることや、
大塔宮様や若宮様や、愛した人たちがどこにもいないという事実を、ちづ姉は鎌倉に行くことで確認しに行っている。
しかも鎌倉は、あの場所は、ちづ姉にとっては悲しみと後悔で満ちていると思う。
きっと、すごく葛藤しただろう。
あんなにリアルなのに、【全部過去】だと、受け入れる作業は辛すぎる。
でも――。
「ちづ姉には護るものがあるから――。きっと笑って帰ってくるって信じてる」
赤ちゃんだったヒロが立って、話すようになって、できることが増えていって、めまぐるしい勢いで成長していく。
その姿を見て、このままではいけないと思ったのかもしれない。
思い出にしがみついて立ち止まったままではいけないと、思ったのかも。
『月子のことだから、一緒に行くって言うかと思った。千鶴子さんに関してはどっちが姉かわからないくらい月子は過保護になるから』
則祐の言葉に、苦笑する。
「もちろん言おうと思ったよ。でも、踏み止まった。えらいでしょ?」
本当はあたしも行きたかった。
則祐の言うとおり、あたしはちづ姉には過保護すぎるらしい。
それはあたしの感情かあいつの感情かわからないけれど、多分両方。
ちづ姉が鎌倉に行ってくるって言った時に、あたしも一緒に行くって言おうかと思った。
でも、その言葉が出てこなかった。
心の中であいつが、行くな、と言っているような気がしたから。
冷静になったあと、一緒に行くって言わなくてよかったと思った。
ヒロと一緒だけど、きっと一人で向き合いたいことがたくさんあるだろうから。
そんな中あたしが傍でぎゃあぎゃあ騒いでいたら、静かに向き合うことも、弔うこともできなかっただろう。
『月子にしては気を利かせたな。えらい』
則祐が褒めてくれて、思わず破顔する。
「静かに帰りを待つよ。すっきりした顔で帰ってきてくれるといいんだけど」
泣き顔じゃなくて、笑顔で。
「それか何か奇跡が起こればいい。今はありがたいことに神様として祀られているんだから、ちづ姉にご褒美があってもいいと思う」
則祐は呆れたように『なんだそれ』と言って笑う。
「ただのあたしの願いだよ」
『もしご褒美とやらがあったようだったら、すぐに連絡してくれ』
則祐はそんなものないとでも言いたげだ。
まあ、あいつも神様として祀ってもらっているけど、あたしは何にもできないしな。
あたしも則祐と一緒に笑う。
そんな優しいご褒美がちづ姉にあればいいなと願いながら。
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