第42話 《月子》 解放



「あたしはちづ姉を守れない。幸せにできない。それができるのは、大塔宮様しかいないよ」



今を生きているあたしは、ちづ姉の一番の理解者になれる。


でも、ちづ姉を守って、幸せにはできない。


それができるのは、一人しかいない。



「……あの日、ちづ姉を置いていったことを悔やんでいるのなら、ちづ姉のために会いに来てよ」




700年前、鎌倉から逃げようと思えばできたはず。


ちづ姉と子どもたちと野に下って、名前を捨てて生きようと思えば、どうにでもなった。


でも、そうしなかった。



その名前に忠実に生きることを選んだ。



それは決して悪いことではない。


大塔宮様が選んだ生き方だから。


でも――。



「ちづ姉をこの時代から700年前に無理やり連れ戻した挙句、大和を巻き込んだのは大塔宮様だ。ちづ姉を置いて一人で死んで、それでよかったの? あのあとちづ姉がどうやってこの雛鶴峠までやってきたのか、どれだけ無理をさせたのか理解しているのなら、償うべきだよ。ちづ姉はまだ生きてる。今、とびきり幸せにしてくれないと、困る!」



大塔宮様は瞳を揺らして、目を細める。



「千鶴子は渡せないって言うのなら、それを実行してよ! しないなら、あたしは次の輪廻で他人に生まれて、大塔宮様なんて差し置いて、必ずちづ姉を手に入れるから!!」



無理だってとっくに理解しているけれど、宣言する。


次の輪廻があるのかどうかもわからない。

もう今世で終わりかもしれない。



わからないからこそ、【今】、会いにくるって約束してほしい。



「――……すまない」




大塔宮様は困った顔であたしを見ている。



「全力で千鶴子を守ろうとする姿は、いつも変わらないな。そなたにそんな風に言わせてしまってすまない」



その言葉に、唇を引き結ぶ。




「どんな形かはわからない。千鶴子を守れる姿ではないかもしれない。それでも――必ず会いにいく」





そう言うと、大塔宮様はふっと微笑む。




「だから、待っていてくれ。――約束だ」




その言葉に、わっと涙があふれる。



湧き上がる感情がどういうものかよくわからない。


嬉しいのか、悲しいのか、それとも、怒りなのか自分でも理解できない。


ただ、言葉にできない感情が涙に姿を変える。

涙が落ちるたびに、心の中の重い石がぽろぽろ剥がれて落ちていくような心地がした。



ずっと大塔宮様に真正面から文句を言いたかったのかもしれない。




あいつがあんなに恋焦がれていたのに手に入れられなかった雛鶴姫を、結局は置いて消えてしまった大塔宮様に、文句を言いたかった。


あいつがどんな思いで割り切って生きていかなければならなかったのか、どれほど苦しんだか、あたしにはわかる。



そうだ。

怒りたかった。なんで、どうして、と罵りたかった。



もし大塔宮様が生きていてくれたら、あのあとどこかで笑って会えていたかも。


大好きな大塔宮様に、もう一度、【真白】として向き合えていたかもしれなかった。



何で生きる選択をしてくれなかったのか、問い詰めて怒って、そうして泣きたかった。




ようやく約束してくれたことで、心の中のもやが消えていく。


もしまた会えたら、しっかり怒る。もちろんあたしも700年前のことを誠心誠意謝罪する。


そう決めたら、700年前から続く、あたしが抱える後悔や悲しみが、ようやく終わったような――、そんな心地になった。





「――待ってるから」





呟いたあたしに向かって、大塔宮様が微笑んで頷いたように見えた時、銀色の光が急に辺りを刺し貫くように飛散する。




あまりの眩しさに目を閉じて、もう一度開けた時にはもう、あの人はいなかった。


代わりに、ちづ姉が石碑にもたれかかるように眠っていた。




700年前のあの日、この場所で再会した時のように。





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