第39話 《月子》 ここ





「――雛鶴峠のどこだって?」



トンネルを何度も往復しながら、太一兄ちゃんが苛々したように声を上げる。


あたしたちは都内から一時間半ほど車を走らせて、山梨県の雛鶴峠に来ていた。

実際に来てみてわかったけれど、雛鶴峠と言っても広い。


峠には今は新雛鶴トンネルというトンネルができ、往来がとても楽になっている。



「わからないよ。太一は雛鶴峠としか言ってなかった」



雛鶴峠と言っても、ピンポイントでどことは言わなかった。


無生野の雛鶴神社に行ってみたけれど、特に誰もいない。


朝日馬場のほうまで下りて、石船神社にも行ったけれど、誰もいない。



「一体どこだよ……」



途方に暮れたように、太一兄ちゃんは車を石船神社から雛鶴峠に向けて走らせていく。



広すぎて、わからない。


どうしたらいいか、わからない。



そう思った時、不意に車窓から一枚の看板を見た。



「あっ!!」




思わず大声を上げると、太一兄ちゃんが急ブレーキを踏む。


後ろに車もいなくて、無事に車は停まった。


「なんだよ月子、驚くだろ!」


太一兄ちゃんが焦った声を上げる。


あたしは特に答えもせずに、シートベルトを外し、車のドアを勢いよく開ける。


「おい、月子! 待て!」


「ここだよ!!」


指をさした先を見て、太一兄ちゃんは顔色を変える。


そして慌てて車を邪魔にならない車道の隅に寄せた。



太一兄ちゃんも車から降りてあたしを追ってくる。




雛鶴峠から石船神社に降りてくる時にはわからなかったけれど、逆から来たらすぐにわかった。


看板が立っている。




『雛鶴神社』と書かれたそこを、指し示している。




雛鶴神社は二つある。


無生野のほうと、朝日曽雌あさひそし



朝日曽雌の雛鶴神社は、ここ。




ゆるやかな山道を駆け上がって行く。


息が切れて、汗が滲むけれど、構っていられない。



土が肥えて柔らかく、何度もあたしの足を取るけれど、勢いよく駆けて行く。



あの時も、同じように駆けた。


ちづ姉に会いたくて、どうしても諦めきれなくて、あたしが今走っているのと同じ道を駆けた。




二つの時代が、重なり合う。




あたしはあいつで、

あいつはあたしだ。



そういう単純なことを、もはや受け入れるしかない。





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