第38話 《月子》 道中




「……うん。ん。そう、大和がちづ姉が戻ったから、山梨の雛鶴峠に行けって」




電話の向こうの父さんは戸惑いを隠せないのか、荒く息を吐き、何度も「千鶴子が戻った」と呟いている。


まるで自分に言い聞かせているみたい。

そうなるのも、よくわかる。


あたしだって、信じられない。


700年前にタイムスリップしたのに、また戻ってこれるなんて、本当は絶望的だと思っていた。


そんな魔法のような出来事に巻き込まれて、理解するのだけでやっとだったのに、また非科学的なことが起こった。


父さんが戸惑うのも、信じ切れていないものわかる。

それが正常だよ。



「大丈夫、あたしと太一兄ちゃんで行ってくる。もう向かってるよ。また連絡するから」



そう言って、携帯を切る。

高速道路に乗った車は、加速しながら都内から山梨に向かっていた。


「やっぱり父さん、授業だから急には休めないみたい」


「だよな。突然のことだししょうがないよ。とりあえず俺たちで千鶴子を迎えに行こう」


「うん」



正直父さんを待っている時間なんてない。

一刻も早く、山梨に行きたい。

それはあたしも太一兄ちゃんも同じ。


その証拠にどんどん車のスピードが上がっていく。


「鏡、か……」



太一兄ちゃんがぼそりと呟く。


「うん……。今回は、鏡が媒介になったのかな。鏡に大和の姿が写って話せた」


「不思議だな」


本当に不思議すぎる。


あたしも大和の持つ鏡に映っていたのかな?

ううん、大和もあいつも、あたしを覗き込むようにして見ていた。

最後の瞬間、大和はこちらに向かって手を振り下ろすような仕草をした。


それを考えると、水とか?

湖とか、――そう、水たまり、とか?


そんなことを考えていると、最後の瞬間がまた鮮明によみがえってきて、胸が痛む。




「……大和はもう二度と帰らないって」




さっきのやりとりを思い出して、悲しくなる。


濁流のように湧き上がる切なさが、心を食い荒らしていく。



「――そうか。何となく、そう言うだろうと思ってた」


「あたしも……」



大和がそういう結論を出すこと、わかっていた。



あたしと大和は双子だから。

あたしたちは二人で一人だから、そういうこと、よくわかる。



「大和の話は、またあとにしよう。とりあえず、今は千鶴子だな」


「うん」



きっとこの時代に戻ってる。


大和が嘘を言うはずがない。



きっとまたあの人が、ちづ姉をここに導いたのだろう。


あたしと太一兄ちゃんはそれ以上何も言わずに黙り込む。



一度も行ったことのない雛鶴峠を目指して、車を走らせて行った。




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