第37話 《月子》 迎えに


大和の姿が消えた鏡を、ぼんやり眺めていた。


夢だったのかな?


あまりに綺麗に、跡形もなく消えてしまったから、そんな風にすべてをなかったことにしたくなる。


これでお別れなんて、信じたくない。


だから夢だと思えたら楽。でも、やっぱり大和と繋がれたことは、あたしが見た都合のいい夢ではない。


その証拠に自分の胸元がじわりと熱くなる。


きっと、大和が今、自分の胸に手を置いている。


それがわかるから、現実だと理解する。


それと同時に、もう二度と会えないんだ、と突きつけられる。



「ふ……」



唇から勝手に嗚咽が漏れ、涙がばたばたと大粒の雨のように散っていく。


ああ、でも泣いている暇はない。


これが現実なら、あの言葉も、現実なはず。



――ちづ姉が帰った。



どうやってだとか、どうしてだとか、そんなことわからない。


でも大和は嘘なんて吐かない。


弾けるように立ち上がり、階段を駆け下りて行く。




「太一兄ちゃん!!」



リビングに駆けこむと、太一兄ちゃんがげらげら笑いながらテレビを見ていた。


驚いたように振り返ったのを見て、叫ぶ。



「今から山梨に連れて行って!!」


「はあ!? 山梨!? 何だ突然!! しかも今から行ったら深夜だぞ? また後日連れて行ってやるから、もう寝ろ」


太一兄ちゃんは、しっしっ、と手であたしを追いやる。



「ちづ姉が、ちづ姉が戻ってきたって!!」




叫ぶと同時に、太一兄ちゃんが唇を引き結ぶ。


一瞬で顔色を変えて、飛び起きる。




「月子! すぐに車に乗れ! 父さんに電話しろ!!」


「うん!」



詳しいことは言わなかったのに、太一兄ちゃんはあたしの言ったことをすんなりと信じてくれた。


その姿から、太一兄ちゃんがどれだけちづ姉と大和を心配しているのか伝わってきて、思わず目頭が熱くなる。


いつもほっつき歩いて、自由人の兄。


もしかして、太一兄ちゃんも、700年前に生きていたのかな?


ちづ姉と繋がりが? それとも大和と?

もしかして、あたしと?

思い出そうとしても、よくわからないな。


でも、情が厚くて、なんだかんだ頼りになる人だったんだろうと思う。

どこかで会っていたら、いいな。

そんなことをふと考える。



「月子! 急げ!!」


「うん!」


でも今は、いちいち考えている暇はない。


取るものもとりあえず、太一兄ちゃんの背を追って、忙しなく車に乗り込んだ。



ちづ姉を、迎えに行くために。




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