第36話 《月子》 約束


もしかして、この魔法が解けてしまう?


いつまで大和と繋がっていられるかわからない。


そう思ったのは大和も同じだったみたいで、あたしよりも先に大和が口を開いた。



「月子、お願いがある。今すぐ、山梨県の雛鶴峠に行って」


「え? 山梨……?」



何で突然、と思って、首を傾げると、大和が神妙な顔でこくりと頷いた。





「姉ちゃんが、戻ったと思うから」





思わず、はっと息を詰める。

一体どういうことかわからずに、呆然と大和を見つめていた。



「お願いだから、ちづ姉を――姉ちゃんを助けて」


「大和……」


「今すぐ山梨に……ひ、……峠に……」



大和の声が、揺らぐ。


鏡に映ったその姿も、波紋が広がるように大きく揺らいでいる。



「大和! 待って、大和!! お願い、待って!!」



「大好き……、月子。大好き、皆。たと……え、遠くにいても一生……俺が……そう思ってること……変わらな……」


「大和!!!!」



さらに大和の姿が大きく揺らいで、鏡にかじりつくように身を寄せる。


涙がぼろぼろ散っていく。



何であたし、大和に触れられないの?




「――大和っっ! 大和! お願い、返事して!! 消えないで! 嫌、嫌だよ!! 大和!」



大声で大和の名前を呼ぶけれど、伝わっていないような気がして、怖くなる。


数年前に繋がった携帯が、ノイズと共に掻き消されたのを思い出した。


もしかして、これで終わりなの?


もう二度と、大和と話もできないの?


伝えたいことなんて、沢山ある。

きっと、夜通し語っても尽きないくらい。


でも、本当に伝えたいことは、一つだけ。


だからお願い、もう少し時間をください。



そう願ったのが伝わったのか、揺らぎが止まった。


ノイズも消える。



「――大和、大好きだよ」




伝えたいのは、その言葉だけだ。


「また輪廻を繰り返せたら、もう一回大和と双子で生まれるの。――約束」


大和はそれを聞いて、目元の涙を拭いながら大きく頷いた。


そうして静かに口を開く。


「700年前の日本で、願ってるから。皆幸せになればいいって」



あたしも願ってる。

大和も幸せに生きて欲しいって。



「だから、優しい国で、生きて」




その言葉が、全部を集約しているように思えた。


悲しい前世の思い出も、全部その言葉に繋がっている。


そういう世界を望んで、あたしは駆けたはずなのに。



ここが優しい国なのかどうかわからない。




わからないけれど、ここがまだ途中だとしても、700年前よりは格段に、優しい世界になった。


あたしは、それをよく知っている。


頷くと、大和はあたしに向かって、見たこともないほど優しい顔で笑う。



その笑顔があまりに残酷すぎて、それを見ていることしかできなくなる。





「……大好き。バイバイ」




「大和っっ!!!」





大和は右手を大きく振り上げて、鏡を手で打った。



波紋がさらに大きくなって、全部掻き消される。


その波紋が静まり返って消えた時、鏡に映っていたのは、大和ではなく、あたしだった。



つっと、涙が頬に伝う。



本当に、大和は昔も今も、残酷すぎる。


大和から、別れを告げられる日が来るなんて、思ってもみなかったよ。




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