第35話 《月子》 絆




「――でもやっぱり寂しいかな」


ふふっと笑って、そんな言葉を紡ぐ。

ああ、複雑。


700年前のあたしの気持ちも、今のあたしの気持ちも理解できるから。



「……俺のこと、もう捜さなくていいから」




大和はそう言って、あたしから目を逸らす。


もう現代に戻ることはないから、どこも捜さなくていい。


捜したって、見つかることなんてない。


大和がそう言いたいのは、言葉にしなくても伝わってきていた。



「嫌だよ。捜す」




そう断言した時、自分の瞳からぽろりと涙が落下する。


大和は驚いたようにあたしに視線を戻した。




「月……」



「大和、あたし大学ね、史学科に受かったの」


「え……」



戸惑ったように、大和は目を見張る。


そんなにあたしが歴史を勉強していること、意外だったのかな。



でもそうか。


もしこんなことがなければ、あたしはきっと歴史なんて何の興味もなく過ごしていただろう。


大和が知っているあたしは、夢なんかなくて、お洒落とか恋愛とかそういうものに興味があるだけの女の子でしかない。


「歴史を……月子が学んでる」


呆然とあたしを見つめてぽかんと口を開けている大和があまりにも間抜けで、声を上げて笑ってしまう。




「捜すから。大和のこと、一生」



「月子……」


「歴史書の中に、そこらへんの史跡に、大和が今見ている景色と同じ場所に立って、同じ景色を700年後の世界から見て、大和の足跡を捜してる!」


「うん……」



「あたし、この時代から大和のことを、ずっとずっと捜しているから!!」




大和の生きる足跡を、古ぼけた書物の中で絶対に捜し出す。



それは、いつだって大和と一緒だということでしょ?



「だから、どこにいても一人だって思わないで。あたしは諦め悪いんだから」



あたしはいつでも大和に寄り添っているって、忘れないでほしい。

あたしたちの間に700年の時が横たわっていようと、それは大したことじゃない。


時すら乗り越えて、あたしたちは繋がり合っている。




「幸せすぎる……。嬉しいよ。ありがとう、月子」





大和は零れ落ちる涙を拭うことなく、心底嬉しそうに微笑んだ。


その笑顔を見て、きっと大和は大丈夫だと思う。


そしてあたしも、きっと大丈夫。


どこにいたって一人ではなく、ずっと繋がっていると実感する。



それはきっと、『歴史』という確かな糸で。




微笑む大和を見ていたら、一瞬、鏡に映る大和の姿が揺らいで消えそうになって驚く。



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