第32話 《月子》 決意





「や、大和……?」



震える声で尋ねる。

名前を呼ぶので精一杯。

あたしたちは、呆然としながらもお互いを確認するように見つめあう。


大和の瞳から、ぼたぼたと涙が散っていく。

同じようにあたしの頬も涙が走っていく。


お互いに、大泣きしている。


鏡に映る大和は、当たり前だけれど4年前よりもずっと大人びた。


すごく素敵に成長して、男らしくなった外見や伸びた髪が、あたしと大和の間の時を否応なしに強調する。


恐らく大和も、あたしを見て離れていた時の長さを感じているのだろう。

大和はあたしを見つめながら、さらに涙の量を増やしている。


ぼろぼろと散るその涙を拭ってあげたいのに、手が、届かない。


指先が冷たい鏡に触れて、すぐ傍にいるわけではないのだと現実に引き戻される。


「本当に大和……?」


「うん……。そうだ。ごめん、月子」



ごめん、という言葉に、胸騒ぎを覚える。



何か悪いことが起こって謝っているのか、


それとも今まで心配させてごめん、のごめんなのか、わからなくて戸惑う。


大和の様子を見ていたら、何か悪いことをあたしに告げようとしているように感じた。


怖くなって、抗いたくなる。



「な、んで謝るの? ねえ、どこにいるの!? 大和!!!」



焦って思わず叫ぶけれど、大和はさらに涙をこぼし、あたしから目を逸らして逃れるように俯く。



「……ま、だ……700年前の日本にいる……」


「早く、早く帰ってきてよ!! 寂しいよ!!! 寂しい! 大和!!!」



大和に会いたくて、たまらない。


こんなにも会いたいのに、どうして帰ってきてくれないの?


今すぐに、ここに帰ってきて。

あたしの傍に帰ってきて。


お願いだから、大和――。



「ごめん。俺は帰らない」


「え」



「俺は、この時代で生きるよ」



さあっと血の気が全身から引いていく。


信じたくなくて、両手で耳を強く塞いでしまいたかった。



でもこれは、予期していた言葉。

どこかで覚悟していた言葉。


できれば聞きたくなかったのに――。




「なに……言ってるの……?」




大和は自分が一体何を言っているのかわかっているのか。


あたしを、家族を置いて、もう二度と会えないかもしれないのに、戻らないなんて、どういうつもりで言っているのか。



悲しみが怒りに変わる。



あたしは大和がいないと死んじゃうのに。




「俺はここで生きる。月子。ごめん」





大和はもう一度謝った。

揺らぎのない声。


その両目はまっすぐにあたしに向かっている。


大和の姿から、その決意は揺らがないと伝わってくる。



あたしが何を言っても、もう無駄なのかな。


寂しさが、さらに大きくなって胸を圧迫して切ない。



大和は勝手すぎる――。



大和の帰りを待っている人がたくさんいるって、理解していないの?



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