第29話 《月子》 特別な人
「――ちょっと、月子さん。僕、怒りますよ?」
「なんのこと?」
トモが涙目で、あたしを睨みつけている。
何のことかと尋ねたけれど、トモがどうして怒っているのかはすでに理解していた。
「則祐くんのことですよ! 東京に来ているだなんて、どうしてもっと早く教えてくれないんですか!!」
「だって、トモがいると邪魔だから」
素っ気なく吐き捨てると、トモは頭を抱えて悶え始めた。
「邪魔って……!! そんなっっ!! それはもちろん月子さんと則祐くんが二人で会っているだなんて知ったら絶っっ対に邪魔しますけど!」
絶対、のところをやけに強調したな。
「あのね、言っとくけど、則祐は特別なの。あんたがいると何かと邪魔するってわかってたから言わなかっただけ」
「特別って!! なおさら僕は許しませんよ!! ととと特別だなんて、そんな……!!」
何か誤解していると思っていたけれど、これくらい言っておいたほうがいい。
そうしないと本気でトモは則祐とあたしを二人きりでは徹底的に会わせないから。
「早く言ってくださいよ!」
「だから、あたしは則祐が来てることは言うつもりはなかった。でも則祐がトモに会うって言ったからあんたに話したの」
「則祐くんが……、うう、複雑……」
頭を抱えて悶えているトモに向かって、大きなため息を吐く。
「それより、その本貸して」
手を差し出すと、トモは涙目のままあたしを睨みつける。
「今僕が使ってるんですよ」
「いいから貸してよ」
さらに詰め寄るように手を差し出すと、トモは渋々参考書をあたしに渡してきた。
夏休み中の課題の一つで、好きな時代のことを何でもいいから調べてこいというもので、あたしはあの時代を選んだ。
父さんは中世史の教授だし、山のように資料がある。
あたしはその本を一つ一つ開いて、
大和、の足跡を探している。
途方もない膨大な資料から、たった一つの真実を、追い求めている。
則祐と今日会う約束をしていたけれど、午前中はおばあさんと用があるみたいで、先にトモと二人であたしの家に集まり、することもないから課題を進めていた。
「……あんたはこの資料要らないでしょ。父さんの書斎の奥に、戦国時代の本あるからそれ使いなよ」
ぺらぺらとページをめくりながらトモを促すと、トモはあたしの手から本をひったくるように奪い返す。
「僕も、この時代にしたんです」
「はあ? あんた戦国時代を極めるとか言ってたじゃない」
大学に入ってトモと出会った当初、トモは戦国時代の研究者になりたいと言っていた。
当然この課題も、戦国時代にすると思ったのに。
「もうやめました。この時代のほうが、面白いですし、皆かっこいい」
――そういう時代だったのかな。
楽しそうに話しているトモを見て、不意にそんなことを思う。
面白い? かっこいい?
なんかもっとぐちゃぐちゃと混沌としていたように思うけれど、今思えばそういう時代だったのかも?
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