第27話 《月子》 些細ながら幸せな時間




「――それで、どうだい? 大学は」


父さんがビールを煽りながら、隣りに座る則祐に機嫌よく話しかけている。


鎌倉から戻ったあたしたちは、早く帰れるという父さんの連絡を受けて、あたしの家に来ていた。


「はい、すごく楽しいです。毎日サークルばかりやってますが……」


則祐はあたしが作った夕飯を食べながら、父さんの相手をしてくれている。


「サークルって剣道かい?」


「そうです。続けられるなら、続けようと思っていたので」


「月子は中学上がる時にきっぱりやめたからなあ」


父さんがケラケラ笑いながら、あたしに目を向ける。



「あたしの話はどうでもいいよ。剣道嫌いだったし」



溜息交じりに、作った料理を食卓に置くと、則祐は手を伸ばしながら苦笑する。



「剣道やめて、中学では空手やってたんだろ? しかもかなり強かったって高校の時に聞いたぞ」


「だからあたしの話はいいって。それにあたしにとって空手は、言い寄ってくる男たちを薙ぎ倒すためにやってただけだし」


そう言うと、則祐が破顔する。

そのセリフ、聞き飽きた、とでも言いたげだ。


「それで則祐くんは彼女の一人や二人できたのか?」



父さんが意地悪く笑って尋ねると、則祐は固まる。


そう言えば聞かなかったけれど、まあ則祐がこういう感じなのはよくわかっていたから、あえて聞かなかったんだけど。



「い、いや、俺は……その、女の人苦手なんで……」


急にしどろもどろになった則祐にムッとする。


「ちょっと、あたしだって女なんだけど」


「月子は別」


きっぱりと言い切った則祐に、もやっと胸の内に何か不具合が生まれる。



「まあまあ。それより、則祐くんはいい男なのに、勿体ない。もっと世間を勉強しなさい」



苦笑している父さんに、則祐が項垂れる。


高校の時もそこそこモテたくせに、則祐には女っ気がない。


よく言えば硬派で、悪く言えば奥手すぎる、だろうけれど。



「月子も、だぞ?」



突然父さんから横槍が飛んで、目を丸くする。



「あ、あたしもいいの! あたしは黙ってても男なんてわんさか寄ってくるんだし!」



思わず反論したあたしを見て、二人は笑っている。

今はトモがあたしにべったりなせいで、大学ではトモがあたしの彼氏だと誤解されている。


だからほとんど出会いもなく、淡々と過ごしているに過ぎないけれど。


そういうこと、多分二人は見透かしているから腹立たしい。



でも、なんだかそんな二人を見ているのも、悪くはないと思ってしまう。


笑いながら、ご飯を食べて、話をして――。


そういう些細なことが、時折とても愛おしくなる。


この一瞬が、もう二度と戻ってこない刹那なものだと、あたしはよく知っている。

だから、時折急に泣き出したくなって困る――。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る