第25話 《月子》 寂しさ



あたしでさえ、信じられない。


普通なら、信じないか、ただの冗談だと思うだろう。


でも則祐は、どういうわけか納得したみたいだった。



疑いもせず、ここで消えたこと、信じてくれている。



あたしはそんな則祐の姿を見て、随分救われた。


今までずっと、姉と弟が失踪中だということを面白おかしく陰口叩かれてきた。

ちづ姉が男と駆け落ちしただとか、

大和が犯罪に巻き込まれただとか、


面白いストーリーをでっちあげて、学校でも、近所でも、名前も知らない人たちが、はやし立てる。


どこに行っても、容赦なく後ろ指をさされてきた。



でも則祐はそうしなかった。


一度も笑ったり、疑ったりしなかった。


そしてなぜか、則祐は大和の行方を気にしている。


会えば必ず戻ってきたか尋ねてくる。



今日のように鎌倉に一緒に来てくれる。




それがどういうことなのかよくわからない。


則祐もきっとよくわかっていないだろう。



答えの出ないことを考えていても仕方ないと思うし、でも則祐がそうしてくれる理由を知りたくて悶々と考えてしまう。



突拍子もない話をすんなりと受け入れてくれたこと、

疑いもしないこと、


それって、もしかして……?


大和とちづ姉が本当に700年前にいるのなら、則祐もその時に会っていた、とか?


馬鹿なことを考えた、と思って小さく笑う。



本当、この4年辛いことばかり。


このもやもやが晴れる日なんてくるのかな。



「――入るか?」

則祐がようやくあたしを見た。

こくりと頷いて、歩き出す。


本殿でお参りして、お金を払ってさらに奥へと足を踏み入れる。


木々の間に置かれていたベンチに並んで腰かけた。



空を見上げると、生い茂った緑が重なり合って、さわさわと揺れている。


千歳緑ほど深い緑ではないけれど、もっと鮮やかな瑞々しい緑に目を細める。



――鎌倉は、やっぱり寂しい。




「ねえ」

「ん?」


「もし則祐が、二度と兵庫に戻れなくなったらどうする?」



唐突な問いに、則祐は沈黙する。


なんだよその問い、と言わず、真剣に考えているのが伝わってくる。



「――辛い」



短い言葉だけれど、そうだよね、と心にストンと落ちる。



「……死んでもここに繋ぎとめられるなんて、辛い、よね」



口にはしなくても、ここを出ることを願っていたと思う。


それなのに、

緑深いあの国でもなく、

血の海に沈んだあの国でもなく、

悲しみに満ちたあの国でもなく、

きらびやかに輝くあの国でもなく、


この物悲しい場所に、あの時から700年、囚われている。


死んでもなお、今もこうやって、繋ぎ止められている。



今はもっと別の鎖で。



駆けて行く銀色の光を瞼の裏に思い出す。


あの人は、雲のように自由に生きたいと、何にも囚われずにいたいと願っていたはずなのに――。




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