第24話 《月子》 後悔
東京から1時間ほど電車に揺られて、鎌倉に降り立つ。
「……いつ来ても、何かズレてるような気になるんだよなあ」
ホームで、ぼそりと則祐が呟く。
うん。それ、よくわかる。
自分が今いる世界が、本当に鎌倉なのか、それとも別のどこかの鎌倉なのか、たまにわからなくなる。
説明するのは難しいんだけど、ガラス窓に反射して映った世界のように、ほんの少しズレているように感じて、その不具合が徐々に大きくなっていく。
不安、からその不具合が引き起こされるのかな。
ここがあたしの記憶の中の鎌倉と重なることがないから怖くなる。
車や電車や舗装された道、立ち並ぶ家やビルが、まるでしっくりこない。
あたしの知っている鎌倉は、ここじゃないと、叫びたくなる。
そんなことを考えて、唇の端で笑う。
それなら、どんな鎌倉を知っているのか、と問われても、よくわからない。
あたしはあの日、一緒に鎌倉に行かなかった。
大和とちづ姉が消えたと聞いて、生まれて初めて鎌倉を訪れた。
あの事件が起こるまでは、寺も神社も古い町並みも全く興味がなくて、中学生だったから一人で遠くに行くこともなかったし、一度も鎌倉に来たことなんてなかった。
それなのに、初めて鎌倉に来た途端、何か違う、と思ったのだけは鮮明に覚えている。
則祐と二人で鎌倉駅からバスに乗って、あの白い鳥居の神社に向かう。
景色を楽しむ間もなくあっという間に着いて、気づけば二人が消えた場所に立っていた。
「……大和は?」
則祐が、白い鳥居の奥の本殿を見つめながら、呟く。
あたしなんて、見ない。
「まだ……」
まだ、戻らない。
どこか遠い世界から、700年前の世界から――、まだ戻らない。
大和と則祐には面識はない。
則祐は高校の時に東京に初めて来たそうだから、一度も大和と会ったことがない。
あたしも則祐と仲良くなったあとも、自分から大和のことを話したことはなかった。
則祐はたまたま、高校時代に風の噂で知ったらしい。
あたしには双子の弟がいて、姉と弟は失踪中なのだと。
夕暮れの廊下を歩きながら、則祐が単刀直入に、それは真実なのかと聞いてきたことを思い出す。
あたしは今と同じように、則祐と目線を合わせないまま、白い鳥居の前で開いた穴に呑みこまれて消えたことを話した。
普通なら、信じないか、ただの冗談だと思うだろう。
あたしだって、冗談だと思っていた。
だってこんなこと非科学的すぎる。
あたしは、この目で二人が消えた瞬間を見たわけじゃない。
皆がたちの悪い嘘を吐いている――。
そう思って、嘘なんか吐かないでよ、と、ずいぶん反発した。
――あの時どうして自分も鎌倉に行かなかったのか。
そんな風に後悔し続けているのは、今も同じ。
あたしだってできることなら、大和やちづ姉と一緒に消えてしまいたかった。
大和と一緒に行きたかったよ。
一人残されて、ただ待つしかなくて、嘘みたいなことを信じ続けなければならないことが、すごく――辛かった。
正直、今も、辛い。
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