第23話 《月子》 仄暗さ


鎌倉。

そう言った途端、おかしな空気が部屋の中に満ちる。


それを感じ取ったあたしは、気づけば口を噤んでいた。



「よければ、太一さんも一緒に行きますか?」



則祐はこの微妙な空気を感じ取らなかったのか、太一兄ちゃんに尋ねていた。


太一兄ちゃんは困った顔をしながらも、へらりと笑った。




「いや、行きたいけど、今日は夕から午後に図書館連れていってほしいってせがまれているから、二人で行っておいで」



「そうですか。そういえば、夕ちゃんは?」



則祐が会ってないなと言うように、リビングを見渡す。



「則祐が来る前に、友達の家に遊びに行くって言って出てったよ」


「夕は本当に元気だよね。小学生のパワーには、敵わないよ」



太一兄ちゃんは苦笑しながらげんなりしたように肩を落とす。


夕と太一兄ちゃんの約束、本当かな?


夕は午後に太一兄ちゃんと出かけるなんて一言も言ってなかった。


いや、あたしに言わなかっただけで、本当に約束していたのかもしれないし……。



現に、太一兄ちゃんは夕や頼人の面倒をものすごく見てくれている。


昔ほっつき歩いて、家に帰らない不肖の兄だったことを思えば、今の姿はちょっと考えられないだろう。


2人が消えた影響なのか、太一兄ちゃんは自分の楽しみよりも、家族のつながりを第一に考えるようになった。


反抗しまくっていたあたしもそれは同じ。

自分がこんな風になるなんて、思わなかったな。



「――じゃあ、二人で行くか、月子。そろそろ出かけよう」



則祐に促されて立ち上がる。


太一兄ちゃんと他愛のない話をしていたら、もう時計の針は10時半を指していた。



「そうだね。じゃあ行ってくるね。あとはよろしく」


「おう。お土産よろしく」


そんなこと言うけれど、もう鎌倉のお土産も食べ尽くしたくせに。


あれから毎日のように鎌倉に足を運んでいるのは、誰よりも太一兄ちゃんだ。


大和やちづ姉が消えたあの神社や、鎌倉周辺を、休みの日や仕事が終わった後に訪れているらしい。


さっきの微妙な反応は鎌倉に行きたくないのではなくて、一緒に行きたくない、と思ったからなのかもしれない。


その気持ちは、わかる。


あたしと太一兄ちゃんが二人で行っても、今まで何も起こらなかった。


でも今日は則祐がいる。


三人揃ったら、何か――かもしれない。


それは遠の昔に失った、仄暗い記憶。

輪廻を繰り返して蓋をして、見ないままにしていたどす黒い何か。


思い出したくないものも、思い出してしまうかも。


そういう恐怖を抱えているのは、あたしだけではなく、太一兄ちゃんも同じ。


面と向かって確認したことはないけれど、太一兄ちゃんも何かしている。


何となくだけど、ちづ姉よりも、大和と関係が……。


「――気をつけて行ってこいよ」


玄関まで送ってくれた太一兄ちゃんは、ゆるく手を振る。


あたしと則祐もそれにこたえるようにゆるく手を振った。



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