第18話 《智久》 再会




「……あ、えっと」


「何? 寝ぼけてるの?」


「僕とお付き合いし……」


てください、と言おうとした言葉を、彼女はげんこつで返す。



「あー。頭痛がするわ。あたし、次の授業行くから」


「あ、ちょっと待ってください! 同じ授業じゃないですか!」


慌てて開いていた教科書やノートを片付ける。


同じ授業を取っていた学生たちは、僕たちのことなど一切気にせず、バラバラと教室から出て行っていた。


僕と彼女のやりとりなんていつものことで、告白しようが何をしようが僕が相手にされない、までが一連の流れになっている。



――相変わらず、美しい人。



容姿ももちろん美しい人だけど、それよりももっと生き方が、いや、存在が。



もう全てが。




この時代で初めて会った時、僕の世界がガラリと変わった。


それは昔、私が貴方の影だった頃も、同じだった。


あまりに鮮烈な光を纏っているのは、今も昔も同じ。



でも、もう影でいる必要はない。




遠慮する必要なんてない。




何度も輪廻を繰り返して、そして今また再会した意味を、僕は無駄にはしたくない。


違う性別で生まれたという事実は、神に感謝してもしたりない。



彼女を追いかけて廊下に出た時、廊下の先で誰かが彼女に話しかけているのが目に入った。



「――月子つきこ。今度俺のゼミで、古墳の発掘作業があるんだけど、一緒に行かないか? 教授が手伝ってくれるやつを探してるんだ」



「やーだ。萩原はぎわらと一緒なんて、やだ。それにあたし専攻古代史じゃないし」


「専攻違っても勉強になるよ。ま、考えておけよ。また連絡する」



ちょっと待て! と、無理やり月子さんと萩原の間に滑り込み、強引にその華奢な手を引く。



「――考える間もなく、行きませんから! 月子さん、行きますよ!」


「ちょ、ちょっとトモ! じゃあまたね、萩原!」



手を振っている月子さんを、無理やりその男から引き離す。


少しでも目を離すと、悪い虫がつく。


特にあの萩原。偶然取った授業が同じで、隣に座ったのをきっかけに月子さんとよく話すようになった。


まったく。常に傍で見張っていないと……。


そう思った時、月子さんの携帯が鳴る。



「あ、もしもし則祐のりすけ? ――えっ東京来てるの? 授業? まだあるけどいいよ、今日はサボるー! すぐ行くよ! え? 迎えに来てくれるの? 最高なんだけど! 早く来て!」


「ちょっ、月子さん!? ダメですよ! 今日はあと2コマ残ってるじゃないですか!!」



叫ぶと、渋々月子さんは耳から携帯を離し、僕を力強く睨みつける。



「――うるさいんだけど。あんたは授業。あたしは遊びに行くから。明日ノート写させてね。じゃあね、トモ」


月子さんはさっさと歩き出し、電話にむかって楽しそうに話し出す。



「ちょっとちょっとちょっとーっっ!! 僕も行きますっ! 則祐くんならなおさら行きますっっ!!」



「うるさいって! 来なくていいよ!!」



ぎゃあぎゃあ叫ぶ月子さんが猛ダッシュして階段を駆け下りていく。


彼女の髪が光を受けながら風に乗り、美しく揺らめている。



「待ってください! 月子さーんっっ!!」


「来るなーっっ!!!」



月子さんは拒絶しながらも笑っていた。


それを見て、来てもいい、と言っているのだと理解する。


未だにどこかひねくれているのも、あの御方らしいなあと思う。



七百年前も散々、来るな、と言われた。


なぜ十津川まで私も追いかけて行かなかったのか、と酷く後悔した。


だから、今世では後悔したくない。




どこまでも、追いかけていきます。


そう願った末に、僕らは優しい国でまた、出会えたのだから。




【終】ギンノクニSS 月子編へ 


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