第17話 《智久》 籠の鳥



――見ていられない。



そう思って、思わず瞼を閉じたくなる。


こうなってしまったら私に止められるわけもなく、廊下の奥に消えるその背を見つめることしかできない。



顕家様が、恋に落ちるなんて……――。



まったく想定していなかった。


いえ、私は正直、こんなことが実際にあるはずがないと高をくくっていた。


顕家様が誰かに心を傾けることなんて、ない、と勝手に思っていた。


誰かを愛して変わってしまう顕家様を見たくなかったから、目を背けてそう信じていたのかもしれない。



不安は、的中した。



あまりに心が白い御方だったから、恋を知ったら一気に唐紅に染まった。


恐ろしいほどの赤に目がくらんで、顕家様は周りが見えていない。




そっと足音を忍ばせて、南の離れに向かう。


すると、縁側で日に当たっている女性の傍に、顕家様がいた。



「体調はどう?」


「ええ。とてもいいわ。今日は晴れておひさまが気持ちいいわね」



天を仰ぐその横顔を、顕家様はとてもとても愛おしそうに見つめている。



はにかむように、

優しい瞳で、



その御方に向かって、唐紅をさらけ出している。




顕家様のそんな顔、初めて見た。


叶わない恋だと、誰よりも顕家様が一番理解しているのに止められない。



「さっきね、綺麗な鳥が飛んできたの。真っ白い、かわいい鳥」


「ふうん。そうなの。名前がわかれば捕まえてきてあげるよ」


「ふふ。いいの。生まれた時から人とともに暮らしているのならいいけれど、野に生きる鳥を籠の鳥にするなんて、かわいそうよ。そうでしょ?」



「……そうだね。雛鶴の言うとおり」




諌められているのに、顕家様は嬉しそうに笑う。



大塔宮護良親王のご側室。


――雛鶴姫。



顕家様は、一番恋してはいけない御方に、恋をしている。


あの日、大塔宮様を追って屋敷を出ようとしていた顕家様をおとめすればよかった。


親房様の命令だったとしても、何が何でもついていけばよかった。



そうしたら、顕家様は雛鶴姫に会うことなく恋に落ちることなんてなかったはず。


もし恋に落ちても、まだ本気になる前に、私がすればよかった。


後悔ばかりが頭をもたげる。



いや、あの日屋敷を出る顕家様をおとめしようと、私がどれだけ邪魔をしようと、きっといつか顕家様は雛鶴姫に会い、そうして恋をするのかもしれない。


、という美しくもない、ただひたすら恐ろしい言葉でお二人がつながっているのだとしたら、もう私に打てる手はない。



暖かい日差しが、お二人の上に降り注いでいる。


お二人の間には、この上なく優しい時間が流れている。



叶うことがないと理解しているからこそ顕家様は、最上の幸せ、という顔をしている。




なぜならば、今雛鶴姫は、籠の鳥なのだ。



北畠という檻に囲われて、


顕家様という飼い主にひたすら愛されている、



しかもこの籠は大塔宮様の公認で、誰も壊すことは許されない。



貴女はいつの間にか顕家様の檻の中にいるのですよ、と教えて差し上げたい。



顕家様が、ご自分の置かれた立場をわかっていない貴女を、ただひたすら愛でて閉じ込めているのだと、気づかないのか。



そう思って、唇の端で笑う。


嫉妬?


顕家様を大きく変えてしまった方に、私は嫉妬して意地悪したくなっているのかもしれない。



そう思ったら、笑えてきた。



忘れるな。


私はあの御方の影。


これ以上の名誉は、ない。



貴女にも、どなたにも、この場所は譲れないし、譲るつもりもない。



床にへばりついた足をそっと引きはがして、影になった廊下を歩いて行く。


もう私には顕家様を止められない。


あとはもうただ顕家様が、あの灰白の狼の不興を買うことがないように、影に徹するのみ。




どうかこの恋が、あの御方を破滅させませんように。




私にできることは、ただ願うしかない。



ほんの少し振り返ると、優しく、甘く、微笑んでいる顕家様が目に入る。


気づくと、真摯に願っている自分がいた。




――どうか、あの御方が未来永劫、何度輪廻を繰り返しても、ただ幸せでいられますように、と。






*  *  *



「――トモ。あんた、さっきから同じページをずーっと読んでるの、気づいてる?」



隣からそんな声が響いて、我に返る。



二度ほど瞬きをすると、私の隣にいた女性が心配そうに覗き込む。


いや、『私』ではなく、『僕』




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