第16話 《智久》 三人
「トモちゃ~ん! 早く早く!!」
露姫が分け隔てなく接してくださるのは、顕家様だけではなく、私もだ。
私が身分の低い人間だと、まったく露姫は気にも留めない。
いえ、それは、顕家様も同じ。
幼いころから3人でよく遊んだ。
今でもお二人だけではなく、私も交えてくださるのは、ありがたいこと。
「はい、今参ります~!」
明るい声をあげて、日野家に上がる。
すると中では、露姫がたくさんお菓子を広げていた。
『お菓子があるよ』と誘うのは、露姫の常套句。
「今日は見事な細工の菓子ばかりですねえ」
にこにこ笑って傍に座ると、露姫が明るく笑う。
「そうなの! 綺麗でしょ!? 露、この桃色の! アキちゃんは?」
「俺はなんでもいいよ」
「そうおっしゃらずに。この水色のなんて、とても美しくておいしそうですよ!」
「じゃあそれでいいや」
素っ気ない顕家様。
今日が特段そうだというわけではない。
顕家様が何もせずとも機嫌がいい日なんて、ほとんどない。
露姫がへそを曲げるのもよくわかる。
そのたびに私が間に入って二人を諌める構図がすでにできている。
この御方は、本当に女性に対して興味がない。
一番仲がいいと思われている露姫様でさえ、こんなあしらわれ方なのだ。
渋々顕家様が水色の干菓子を口に放り込むのを横目で見る。
顕家様が誰かに恋をする姿など、まるで想像できない。
恐らくご自分も、私と同じように考えているだろう。
自分が恋に身を焦がす日がくるなんて、ほんの少しも考えていないのかもしれない。
「今日露ね、絵巻物を読んでいたの。アキちゃんは?」
「仕事」
「楽しい?」
「仕事に楽しいって感情必要?」
「必要だよ! そうよね、トモちゃん」
「そうですね、とても必要ですよ」
顕家様はやれやれと肩を竦めてそれ以上何も言わない。
でも屋敷にいるよりも、宮中にいるよりも、ずっとずっと優しい表情をされている。
ゆるやかに時は流れていく。
他愛のない話に、他愛のない遊び。
足を投げ出し、そのうちごろごろと横になったり、昔からずっと私たちはこんな風に穏やかな時間を共有する。
くつろいでいる顕家様を見ると、やっぱり3人でいることは、間違っているとは思えない。
きっと私たちはこのまま、ゆるやかに時を重ねる。
互いに離れることなく、生きていく。
いつまでも続けばいい。
このまま、永遠に――。
* * *
「――智久。何も言わないで」
そう言ったその御方は、大分背が伸びた。
あれから何年経ったか、ずいぶんとご立派に成長され、そして豪奢に花開いた。
宮中はあの頃よりもずっと強烈に、この御方の存在に虜になっている。
「……言いたいことは、たくさんあります。佐保姫様にこれ以上お近づきになりませんよう」
「小言はもう十分だよ。智久は俺の影。これ以上もう何も言うな」
「影でも言いたいことはあります」
そう言った私を、顕家様は一瞥し、そのまま何も言わずに歩き出す。
「顕家様!」
私が必死にその背を留めようと声を上げたけれど、顕家様はその足を止めることはなく、一人さっさと南の離れに向かっていく。
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