第14話 《智久》咎め
「……ええ。驚きました。野盗に襲われたようだ、と。宮中で噂になっておりますよ」
「ふうん、野盗ね」
「ええ、恐ろしいものですね」
にこにこ笑いながらそう返すと、顕家様はちらりとこちらに目を向ける。
「その夜盗の名前が、智久って名前だって言うの?」
咎めるような言葉に、一瞬毒を飲んだように息が詰まる。
苦しさを覚えながらも、私はさらに笑みを深める。
「へえそうなのですか? 初耳ですよ」
「智久だろ、って言ってるの」
声に棘を含ませて、顕家様はようやくこちらを振り向いた。
あからさまに不服そうな顔。
その目はギロリと私を睨みつけている。
肯定も否定もせずに、微笑んだまま押し黙っていると、顕家様は大きなため息を吐いた。
「いつもいつもだけど、俺に報告必要だろ? 一度俺の判断を仰ぎなよ」
「……判断を仰いだところで、きっと同じ結果になりますよ。ならば顕家様のお手を煩わすことなく処理したほうがよろしいかと」
「よろしくないよ。俺は池端殿を調べろって言っただけだろ!?」
「おや、そんなことをおっしゃいますが、私に命じた時点で顕家様は池端殿の不正をすべて気づいていたでしょうに」
咎めるようにそう言うと、顕家様は唇を尖らせる。
「そりゃ気づいてたけどさ、でも……」
「中納言殿は見逃しております。この件が北畠家への恩となり、いつか貴方様を助けますよ」
「そんなのいらないよ」
顕家様はそう言うけれど、手札は多いほうがいい。
きっと顕家様は、遅かれ早かれ必ず公家の頂点に立つ。
政治の世界は、暗い泥の中を歩いて行くようなものなのだとしたら、その泥は私がすべて被る。
この方は私を踏みつけて、周囲をなぎ倒して、綺麗な部分だけを表に見せながら歩いて行くべきだ。
「……俺は殺せなんて、一言も言ってないよ」
お優しい私の主。
本当なら、そんなくだらないことをおっしゃっていてはいけません、と文句を言いたい。
今日殺さなければ、明日貴方が殺される。
ならば先に殺すだけ。そういう世界で私たちは生きている。
誰もが殺し、殺されず、武器一つ持たずにいられる、ただひたすら平和な世界なんて、夢物語だ。
そんな世界、あるとしたらそこは極楽浄土。
そういう場所にしか存在しない。
――私は間違っていますか? 顕家様。
いえ、間違っていないと腹の底で思っているから、私を側近から外さない。
反発はするけれど、結局は泥をかぶり続ける私を、貴方様は遠ざけることはない。
顕家様は私から顔を背け、物見の窓から見える遠くの山を見つめている。
あのお山には、あのお方がいらっしゃる。
灰白の狼が、君臨している。
全部捨てて出家して、そこに行きたいなんて戯言、絶対に言わせない。
顕家様はこの華やかな京の都こそふさわしいのだ。
「――さ、まもなく日野家に着きますよ。この話はおしまいにしましょう」
明るい声を上げると、顕家様はまだ唇を尖らせていたけれど、こくりと頷いた。
すると牛車がゆっくりと止まる。
ちょうど日野家に着いたようだった。
「牛車を下りる準備を致します。しばしお待ちください」
「いいよ別に。面倒だから飛び下りる」
「何をおっしゃいますか。貴方様は貴族なのですよ。なりません」
ぴしゃりと拒むと、顕家様は観念したのか、もう一度腰を下ろす。
「……貴族だからっていうの、嫌いだ」
ぼそりと呟かれたその言葉を聞かなかったことにして、牛車を下りる支度をする。
顕家様がそう思っているのはよく知っている。
本当は自由に野を駆けまわりたいと思っていることも理解している。
ただの真白になって、帝だとか家だとか姫君だとか、そんな煩わしい全てのものから逃げたいと願っているのも私はよく知っている。
まあそんなこと、貴方の血が許さない。
この国に住む誰も、許さない。
そんなことを考えながら顕家様より先に牛車を降りると、すでに門のところにちょこんと美しい藍色の着物を着た姫君が、嬉しそうな顔をして待っていた。
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