第13話 《智久》 片付け
「――聞いたか。池端殿が野盗に襲われて亡くなったそうだ」
宮中では、そんな噂話が囁かれている。
「おお、恐ろしいなあ。野盗とは運が悪かったとしか言いようがない」
「夜に屋敷を出るのは、当分控えよう。野盗などに狙われたら命がいくつあっても足りん」
御簾の向こうの縁を、男たちがわいわい話しながら歩いていく。
それを黙り込んで聞きながら、宮中の空いた部屋でにこにこと微笑んでいた。
「――本当に、池端様は運が悪かったとしか言いようがありません」
笑みを崩さない私の代わりに、私の前に座った男性が、よろりと体を揺らす。
その顔からは血の気が引き、見開かれた両目は私から逸らされることはない。
「う、運が悪かった……、そうだな。ああ、池端は運が悪かった」
うわごとのように呟いて、震える指先をぐっと強く握り込むのが見えた。
「中納言様。私は決して敵ではありませんよ。現にこうやって貴方様を見逃そうとしております」
「て、敵ではないなどと……」
「信じられませんか? まあこの件が明るみに出れば、貴方様は野盗ではなく、足を引っ張りたい様々なやんごとなき御方たちの餌食になるだけですが」
怯えたように私から身を引くのを見て、逃がさないとずいっと乗り出す。
「――貴方様は、運がよかったんですよ。そう、運がよかっただけ」
北畠家に、顕家様に逆らわなければ、その運は続く。
それを肝に銘じていれば、悪いことにはしない。
微笑む私に、中納言殿は青い顔をして何度も頷き、転がるように部屋から出て行った。
「――首尾よく事を進められたみたいだな」
夜、屋敷の私室にいると、そんな声が縁からかかる。
私が入っていいですよ、と言う前に、御簾は強引に跳ね上げられ、ずかずかとキリコ殿が遠慮もせずに入ってきた。
「そうですね。キリコ殿の援軍は不要でした」
「ははっ。そりゃよかったよ。もう知っているだろうが、池端は始末しておいた。中納言殿と繋がっていた証拠も綺麗さっぱり消しておいたぞ」
「ありがとうございます。宮中に不穏な噂まで流していただいて、いい効果になりました」
私が宮中から帰る頃には、池端は野盗に殺され、身ぐるみはがされたあとに遺体は八つ裂きにされて鬼に喰われ、怨霊になって宮中に出没するらしい、というところまで尾ひれがついていた。
恐らくキリコ殿がうまく噂を流したのだろう。
宮中は常日頃、このような噂話に飽いている。
池端の件は、恰好の的だ。
キリコ殿に向かって、金の塊が入った袋を差し出す。
彼女はそれを奪うようにひったくり、中を確認する。
「――ははっ、こんなにいいのかよ?」
「ええ。その報酬に見合う働きをしてくださいましたから」
「ありがとさん。アンタの依頼は何を差し置いても受けるから、いつでも呼んでくれ」
そう言って、キリコ殿はまた闇の中に身を溶かす。
それはありがたいお言葉です、と言おうと思ったけれど、もう遅かった。
一人残された部屋の中で一息吐く。
これで万事順調に片付けることができている。
あとは――。
「……池端殿が、死んだみたいね」
ゆっくりと動く牛車の中で、物見の窓をそっと開けて外を覗きながら、顕家様が呟いた。
それを聞いて、さあっと肝が冷えた。
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