第6話 《大和》異質な存在
「ねえ、教えてよ」
「どっ、どこがいい、なんて、俺は……」
詰め寄る俺に、真白は露骨に身を引く。
壊れたおもちゃのように、真白の声の調子が狂っていた。
明らかに真白が動揺している姿に、じわじわと楽しさが勝ってくる。
真白がこんなになるなんて、すごいな。
目を泳がせて、この場所から立ち去ろうとする真白に、俺はさらに追い打ちをかけようと決める。
「顔?」
「べっ、別に、顔なんて……、あいつごく普通だし……」
「じゃあ性格?」
「せ、性格は最悪だよ! 俺に対して遠慮しないし、はっきり物を言うし、怒るし、最低最悪なんだよ!」
自分の姉を最低最悪と言われて、いい気になるわけはないけれど、その言葉が本心ではなく、どうも照れ隠しで放たれているのは伝わってきていた。
真白は動揺したように頬を赤く染めて、俺と目が合うと、露骨に逸らす。
「ふうん」
にやにやと勝手に唇の端が上がる。
思っていたよりもこいつは姉ちゃんに惚れているのかもしれない。
意地悪く笑っている俺を見て、真白は急にムッとしたように眉を顰める。
「――ちょっと。何その笑顔。不愉快なんだけど」
「俺はすごく面白いよ。真白がいつもと全然違う顔をしているから」
茶化すように笑った俺に、真白はとうとう怒りを堪えることができなくなったのか、さっきまで俺が読んでいた本を掴んで、俺に向かって投げつけてきた。
「痛てっ!!」
「腹立つ!!」
「急に手を出すなよ!」
ドタバタと取っ組み合いのケンカになりそうになった時、突然頭にパシッと大きな音が響いて、痛みが走った。
音は二回で、痛みは一度だけだったことを思うと、俺だけではなく真白も同じように殴られたことを知る。
「――一体、何やっているんだ! 喧嘩するなよ、二人とも!」
呆れたように俺たちに向かって拳を握りしめていたのは、則祐だった。
「だっ、だって則祐、太一が……!」
「ち、違うよ、俺はただ……」
「うるさい。もう深夜近いんだぞ! 大塔宮様の眠りの妨げになったらどうする!」
怒鳴っている則祐が一番うるさいような気がする、と思ったけれど、真白と一緒に黙り込む。
「さあ、仲直り!」
般若の顔の則祐を見て、渋々真白と向きあう。
「ご、ごめん……」
「……うん、ごめん」
互いに謝ると、則祐は途端にいつもの則祐に戻った。
則祐は怒らせると一気に人が変わってしまうって、覚えておかないと。
「――よし。それで、どうして喧嘩していたんだ?」
則祐は俺たちの傍に座り込む。
尋ねられて答えようとすると、真白は俺を睨みつけた。
余計なことを言うなよ、という言葉がその視線に含まれているのは、俺も気づいていた。
黙る……?
いや、でも則祐にも共有したい。
そう思って、真白のことは気にせずに口を開く。
「真白に、雛鶴姫のどこが好きなのか聞いていたら、突然怒り出したんだよ」
「べっ、別に怒ってなんか……!!」
再び声を荒げてムキになりかけた真白は、則祐の纏う気が鋭くなったのを感じて、途端に口を噤む。
「姫のどこが好きか、か……。よし俺も聞こう! それはとても気になるな」
則祐は心底楽しそうに、真白に向かって身を乗り出す。
「い、いいよ!! 別に則祐や大和に教える義理はないよ!」
「あるだろ。さっさと教えろ」
俺よりもしつこく、則祐は真白に迫る。
真白は困った顔をしていた。
則祐に返す言葉を探っているようだった。
真白は俺には対抗意識を燃やすくせに、則祐にはちょっと違う。
俺よりももっと気を許している。
もちろん俺なんかよりも、二人の関係はずっと昔からだろうし、心を許すのは当たり前だ。
そうわかっているけれど、ちょっとだけ寂しくなる。
いや、寂しくなるだなんて、変か。
所詮俺はここにいること自体、異質な存在。
俺は実は足利方だし、本来なら宮方に紛れ込んでいるなんておかしすぎる。
ここが居心地が良すぎて、忘れそうになる。
いや、真白や則祐だって最近は忘れていそうだ。
俺が大塔宮様の命を狙っていることは、真白も則祐も知っている。
でも、俺の正体なんて、どうでもいいように振舞っている。
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