第7話 《大和》理解
「なっ、ないよ!! 別に俺、雛鶴のこと、好きでもなんでもないし!」
その言葉に、現実に引き戻される。
「そんなの絶対に嘘だ! 言えよ!」
抗う真白に、則祐が茶化すように声をかける。
「い、言わないよ! 俺のことなんてどうでもいいよ。則祐はどうなんだよ!」
急に矛先が自分に向いたことで、則祐は面食らったように言葉を詰まらせていた。
「お、俺か? 俺は別に――」
「則祐のそういう話って聞いたことがなかったな。どんな人が好きなんだよ」
逃げようとする則祐を引き留めるように、尋ねる。
「誰? どんなやつ? 早く教えてよ」
俺が真白の味方をしたと思ったのか、真白はここぞとばかりに則祐に突っかかる。
形勢逆転か?
そう思った時、則祐と真白は示し合わせたように俺のほうを見た。
「太一は? 教えてよ、好きな人」
「そうだな。太一の好みの女性について、聞きたいな」
「ええ……、俺?」
急な展開に、混乱する。
「そうだよ。自分だけ蚊帳の外って顔をしちゃってさ。俺たちのことを聞こうとするなら、自分のことを話してよ」
「ああ。真白の言う通りだな。太一のことを教えろ」
自分が、どんな女の人が好きか。
何を重んじているか、信じているか。
嗜好や趣味、好きなもの、嫌いなもの。
そういうものを、共有したいと二人は言ってくれている。
――何だろう、くすぐったい。
壁を作って排除するのではなく、俺という存在を受け入れてくれている。
それがわかったらもう、嬉しくてたまらなくなる。
「……俺は、いつも笑顔でいてくれる人かな」
そういうと、真白と則祐は目を瞬く。
「それは――、何となくわかる、かも」
真白がてれくさそうに鼻の頭を掻く。
「ああ。そうだな。辛いときに笑顔でいてくれると、自分も笑顔になれるよな」
則祐はうんうん、と頷いた。
ちょっとだけ、さっきよりも空気が軽くなる。
互いに理解しあったら、距離が縮まった。
月光が差し込んで、二人を綺麗に染めている。
いつまでも、この時間が続けばいいのに。
こうやって、3人で夜中まで話して、笑って、お互いを理解しながら優しく時が流れていけばいい。
永遠に、敵や味方なんて関係なく一緒にいたい。
でも、そんなこと、夢のまた夢。
夢はいつか必ず醒める。
俺たちはいつまでこのままでいられるのか。
そう思ったら、胸が痛む。
悲しみが一気に俺を包み込んでいく。
こうやって3人で過ごせるのもあと少しかもしれないから、今は一緒にいたい。
そう願って、俺は空に浮かぶ満月を振り仰いだ。。
* * *
「大和様? さあ、お早く」
先を行く呉羽が、立ち止まって月を見上げている俺を呼ぶ。
「……うん。すぐに行くよ」
あれから数年経った。
俺たちは一緒にはいられずに、今は皆バラバラに過ごしている。
もうきっと、あんな風に3人で過ごすことはない。
ただの友人として、俺たちの運命が交差することはない。
あとはもう、戦場で、互いに刃を向け合うことしかできない。
本当は、一緒に笑い合いたいだけなのに――。
月光を浴び、銀色に染まった板間の冷たい縁を踏みしめて歩いていく。
一人だ、ということを、思い知らせてくれるような凍てついたこの道は、寂しさに満ちている。
それでも俺を今も支えてくれるのは、あの楽しかった記憶。
あの刹那の、優しい場所。
そういう温かいものを振り切って、足を前に出す。
さあ、最後の幕を開けよう。
俺が【俺】だと言えることは、【正しい歴史】、に尽きるのだから。
【キンノクニSS 終わり】
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