第2話 坂の果て
坂道の向こうに子どもが立っています。その子どもは坂の向こうを見ていましたが、こちらに向き直りました。その子に追いつくため歩き続けます。一向にその子のいる坂の終わりは近づいてきません。小鳥たちが鳴き始めます。風で若葉がこすれます。体が熱を帯びていきます。
どうしてか坂の奥に立つその子が気になっているのです。誰かの面影が感じ取れます。傍で声をかけたいと思わずにはいられません。しかしやはりその子との距離が縮まっているようには思えず、その子の服だけは覚えておきたいと強く視線を送ろうとしますが、天からの眩さで顔を背けてしまいます。
息を吐き出して立ち止まります。膝に手をついて遠く前にあるのはその子の影です。帽子をかぶらず坂の果てに立ち続ける一人の子どもの影です。まだ上を目指そうと再び前へと踏み出します。そのうち坂道の終わりが近づいてきます。なんとか歩ききって、その子の肩に手を置きます。
君は誰だいと話しかけてみましたが、こちらを向こうとしたのも束の間に、その子は影ごと透明に侵食されていきました。どうしていなくなるんだと哀嘆しても、その子どもは名前すら教えないままこの世界から去っていくのです。しかし世界は壊れません。
そうです。どれだけ孤独の渦中で渇望しても、どれだけ憎しみを手ひどく塗りたくられても、どれだけ欲望で傷つけてしまっても、世界は消えません。ただ去っていくのです。お願いだ、教えてくれとこの心から絞り出した言葉が口をつきます。その子は体の半分ほどが既に欠落しています。
突然、いつかどこかでとその子は苦しみまじりの明るい声で言い、まだある片腕で前を指しました。浸食が加速し、応答する間はなく、伸ばした手も届かず、その子は世界から遠のいていきました。名前ぐらい答えてくれよと絶望を空へ向けます。
あなたの助けになりますと断言しながら、深く関わろうとする人などいません。死んではいけないと正義をばらまきながら、生きていくための道を代わりに作ろうとする人などいません。結局その子に向けた言葉も行為もこれらと何一つ変わらなかったのでしょう。
その子どもの名前は知っていました。もはやその子が生きるためにできることなどないことも気づいていました。その子の、いつかどこかでという一言が離れません。その続きが会いましょうであったなら救いになりますが、もう聞き出すことなどできません。
顔を上げます。その子が最期に指した景色がそこにあります。家々が数えきれないほど広がり、所々に木々があります。この街のどこかで、もう一度その子と出会えるような気がしました。晴れやかな悲しみとともに去っていった世界に追いつこうとします。
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