月経周期の乱れと月経異常

「手段は問いません。月面基地の望遠鏡を使えばいいですし、光学迷彩を利用すればいいかもしれません。あるいは人工衛星を使っても良いでしょう」

「衛星軌道上からなら何とかなるかしら?」

「やってみる価値はあるでしょうね」

「でも、そんなものどこで調達するつもり?」

「心配はいりません。こちらで用意します」

「そう、なら、頑張ってみるわ」

「期待しています」

「それで、いつまで続ければいいの?」

「さぁ?」

「え?」

「私も詳しい事は知りません。必要な情報が集まれば自然と解放されるでしょう」

「それって、つまり、ずっとこのまま?」

「そうなります」

「ちょっと待って! そんなの聞いてないわよ」

「今、言いました」

「どうして事前に相談してくれなかったの?」

「だって、言ったら来てくれませんでしたよね?」

「当たり前でしょう! 誰が好き好んで冷凍睡眠なんか」

「でも、もう遅いですよ」

美玲はにっこりと微笑むと、休憩室のドアを開けた。

そこには数人の看護師と医療器具を抱えた技師がいた。

「はい、確保」

「え? え?」

雅麗姫は訳がわからず混乱した。美玲はクスリと笑うと、ドアを閉めた。そして、再びロックをかけた。

雅麗姫は慌ててドアを叩いたが、びくともしない。

「開けて、ここから出して!」

「無理です。諦めて下さい」

美玲は雅麗姫の手を取ると、そのまま手術室へと引っ張っていった。

雅麗姫は抵抗したが、無駄だった。あっと言う間に麻酔をかけられ、意識を失った。

雅麗姫が目を覚ました時、そこは病室だった。ベッドの横では美玲がパイプ椅子に座って本を呼んでいた。

「おはようございます」

「ここは?」

「病院です。昨日は色々と大変でした」

「あ……」

「大丈夫です。何もしてませんよ」

「あ……あたし……」

「安心してください。貴女に害は加えない」

美玲はパタンと音を立てて本を閉じると言った。「今日も頑張りましょう」

雅麗姫は頭を押さえた。記憶はハッキリしているのだが頭がぼんやりする。

その様子に気づいたのか、美玲がクスッと笑った。「薬の影響だと思います。二、三時間もしたら元に戻りますからご心配なく」「そ、それは良いんだけど……」「他に気になる点は?」「え? えっと……その……」

「はい、なんでしょうか?」

「服は……? あたしの服を着てるけど?」

美玲は自分の服装を見下ろした。それから雅麗姫を見てニヤリと笑った。「ああ、これですか? これは貴女の寝巻き代わりに使っていたんですよ。おかげでぐっすり眠れました」

「ちょっ……」

「それとも着替えさせてもらいたかったんですか?」

「ち、違うわよ。でも、勝手に着るのはおかしいんじゃ……」

「そうですね。それは失礼しました」美玲は立ち上がって背伸びをした。「でも、これでお互いの裸を見せ合った仲になったんです。別にいいと思いませんか?」

「よくないわよ!」雅麗姫は顔を真っ赤にして叫んだ。

美玲はクスクス笑いながら部屋を出ていった。雅麗姫は口をパクパクさせたままその後ろ姿を見送った。

(あの子、何を考えてるの? あたしを揶揄って楽しんでる?)

しばらく経って落ち着いてきたのだろうか。ふと疑問が浮かんできた。

美玲は一体何を考えているのだろう? 何故あんな真似をしてまで自分を勧誘するのだろう? 特調に忠誠を誓うような人物ではないはずだ。だが、自分に好意的に接している事も事実である。

ひょっとすると何か目的があるのかもしれない。たとえば妃花を誘拐したのは自分と引き合わせるため?

(でも、妃花さんは特調とは関係ないはず……。まさか!?)

そこまで考えた瞬間、全身に悪寒が走った。

(美玲が妃花を拉致したとしたら)

美玲の目的が復讐だとするなら納得できる。しかし、彼女がそんな事をしても何のメリットもない。

妃花を手に入れる事で得られるもの。美玲は彼女の頭脳を評価していた。だとすれば医学の知識? あるいは薬学の研究? いずれにせよ彼女は医師としての腕前は確かだ。医学に関するものならば歓迎すべきではないか。

それに美玲の口ぶりからは敵意のようなものは感じられない。少なくとも雅麗姫の身体に興味がないようで、この点だけは信用できそうだ。

(ダメよ。まだ疑っちゃ。まずは話を聞くべきよ。その上で本当に信頼できるかどうか判断しないと)

その時、ノックの音が聞こえてきた。雅麗姫は返事をしながら起き上がった。

そこに現れたのはスーツを着た男だった。男は胸ポケットから名刺を取り出すと、恭しく手渡してきた。

『国家安全部 特殊犯罪調査部主任 趙昌弘』と書かれている。

「特調の人?」

男は頭を振って答えなかった。

趙と名乗ったその男が何者か、最初は見当がつかなかった。雅麗姫が怪しんだ目で見ている事に気づくと、男は咳払いを一つした。「申し遅れました。私は国安局の者です」

「国安局?」

その言葉は知っている。警察機構の公安を頂点にした治安維持機関で秘密組織とつながりが深いという事くらいは耳にしていた。だが、直接接触するのは初めてだ。

「ええ、特調からの依頼を受けまして」

「依頼?」

雅麗姫は首を傾げた。「それってどういう意味?」

「いえ、その前に少し質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「構わないわ」

「この病院で入院中の患者はどなたか存じていますか?」

「患者? 何の事?」

「例えば、そうですね。最近、ここの院長と話をされた方は?」

「ええと、さぁ、どうかしら?」雅麗姫はわざとらしく考えるふりをした。本当は知らないのだ。そもそも自分のいる病棟すら知らなかった。「ちょっとわからないわ」

趙はその答えを聞き流して続けた。「この施設には約一万七千人のスタッフがいます。その中で週に一度は検診を受ける人は全体のおよそ四割。そして、定期的に検査を受けている人が半分です」

「それが?」「残りの六千八百人の内、月に一度しか受診しない人を除外すると三百人ほどになります」

「だから、何の話よ?」

「月経不順の方はどの位おられますか?」

「月経? 毎月あるものでしょ?」

「ええ、もちろんです。月経がなければ人間ではありませんから」

「何が言いたいの?」

「いえ、確認です」

「つまり、こういう事? あんたたちの目的は」雅麗姫は目をギラつかせた。「産婦人科に関係あると?」

「否定はしません」「つまり月経周期の乱れと月経異常が同時に起こる場合があるわけね? その原因を調べるために月経周期を調べてるという事かしら? 確かにそういう話は時々聞くけれど、うちの病院に限って言えばありえませんね」「ほう、どうして断言なさるので?」「だって……」

そこでようやく雅麗姫は思い出した。自分が冷凍睡眠から覚める直前まで妊娠の可能性があった事に気づいたからだ。

(でも、そんな事があるかしら?)

いや、待て! 冷凍睡眠の間に子供ができていた可能性は高いのではないか? ただ単に不妊症の治療をしているだけとは限らない。何らかの原因で凍結受精卵が自然分娩される事もなくはない。いや、絶対にあり得ないと言い切れるものではないはずだ。

それを裏付ける証拠が欲しい。

「どうしました?」

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