30.意図

 大量の花々は玄関の前に置かれたままでは邪魔なので、脇の方へと移動させた。さすがにむき出し状態での放置は嫌なので大きな袋に全て入れる。綺麗な花だし花瓶に飾ることだって可能ではあるが、こんな不気味なものを飾れる人なんているだろうか。この花々には何の罪もない。人の悪意によってこんな使われ方をするなんて、本当にかわいそうだ。

 花を片付け、家へと戻る。継兎つぐととの間には変わらず重苦しい空気が流れていた。それも当然だ。継兎は桜子さくらこさんが怪しいと言っていた。私はそんなこと信じたくない。信じたくないが、現状を考えると一番怪しいのも事実。ただ、その理由については分からない。知り合ったのだって最近だし、お互いをそこまで深く知っているわけではないのだ。だからこそ、家まで来て不審者の情報を教えてくれたというのが不思議ではある。

「桜子さんが怪しいというのは、分かります。でもあんな不審者の話をした数日後にやりますか?まるで疑いをかけてほしいみたいな……」

 そこまで言って、自分の言葉でふと気付いた。本当に桜子さんがやったのだとして、別の人間からの指示という可能性もあるのではないか。

「わたしも信じたくはないですけど……そもそも、花を置くだけならいつでも出来たでしょうし。あと、あの不審者の話だって嘘かもしれないですよね」

 継兎の言葉に頭を抱えた。可能性なんていくらでもある。疑い始めたら切りが無い。情報も少ないこの状態ですぐに結論を出そうとすることこそがよくない。一旦、犯人が誰かということからは離れた方がいいかもしれない。もっと確実なところを話すべきだ。

「犯人については一旦考えるのをやめましょう。こんな情報の無い中で考えるだけ無駄な気がします。犯人が誰かではなく、犯人像を考える方がよさそうです」

 私の言葉に継兎は頭を傾げた。意味がよく分からないようだ。

「犯人が桜子さんでも桜子さんではなくてもどっちでもいいんです。いや正確には違ってて欲しいんですけど……そうではなくて、その犯人はどういうタイプの人間か、が重要なんです」

 私の言葉に、継兎はじっと耳を傾けている。

「あの花は私に消えてほしいと思っている何者かがやったとして、そこまで注意しなきゃいけないことなのか、ということです。確かにとてつもなく不気味ではあるんですけどね」

 こういった嫌がらせを行う人間は、大きく分けて二つの人種がいると私は思っている。それは、実害があるか無いかの差だ。正確には、今回のような間接的な行為ではなく、実際に人に対して何らかの行動を起こして危害を加えることが出来てしまうタイプか否か。正直、この差はかなり大きいと思う。

「もし私に対して直接の危害を加えることが無さそうなら、犯人なんて誰でもいいし、とりあえずは無視するっていうのが一番だと思うんですよね」

 私の言葉をじっと聞いていた継兎だったが、何やら途中から少し悩んでいるように見えた。

「ご主人は、誰かがご主人に“消えてほしい”と思っているから、だから葬式で使用するような花を置かれたと思ったんですよね?」

 改めて確認してくる継兎に首を捻った。むしろ、それ以外に何が考えられるというのだろう。私は無言で頷いた。

「わたしは、ちょっと違うと思うんですよね」

「え?」

 別の意図なんて考えられなかった私は驚くしかない。だって他にどんな理由があるのか。しかも、私には気付けなくて継兎には気付ける意図とは一体なんだ。

「死者を弔う花って聞いて、思ったことならあります。でも……」

 継兎の言葉にまたこのパターンかと、溜め息を吐いた。いい加減もう分かってしまった。

「まだ言えない?」

 特に強く言ったつもりはないが、継兎は少ししょんぼりしている。少なからず私の心情を理解しているのかもしれない。

「すみません……」

「それって、いつになったら話してもらえるんですか?」

 話してもらえるのを待つとは言ったが、こんな嫌がらせをされて、しかもそれに関係するであろう情報は教えて貰えない。気にならない方が無理な話だ。

「真実を知る前に死ぬことだけは絶対に嫌ですからね」

 冗談まじりにそう言うと、継兎はあたふたと慌て始めた。

「なんてこと言うんですか!?死ぬなんて縁起でもない……というか、わたしが守るので!」

 継兎は長い両手をばたつかせながら大きな声で言い放った。その姿で言われても説得力が無い。かといって人形の姿で言われたところで変わらないだろう。

 私だって自分の身は自分で守るつもりだ。それも危害を加えてくる人物が本当にいるのなら、の話になるわけだが。

「私って、そんなに異質なんですかね……」

 もちろんそんな自覚なんて無かった。一般的な成人男性だと思っていた。でもそんな当たり前のことに疑問を抱いてしまうくらいには、様々な出来事が起こり過ぎている。

「言わないことでご主人を不安にさせているって分かってます。でもすぐに話すべきことではなくて、段階を踏んだ方がいいと思っていて……」

 何だかんだ言っても、継兎の言動はいつも私のことを考えてのものだった。だからこそ、私は無理に聞く気にはなれないのだ。

「私の考えとは別の、あの花を送るという意図について、これだけは教えて貰えませんか?ヒントでもいいです」

 核心に触れない言い方でなら教えて貰えないだろうか。

「そのままの意味です」

「そのまま?」

「はい。ご主人、言いましたよね。あの白い花は死者を弔うものだって」

「言いました、けど……」

 そのままの意味、というのは死者への餞という意味なのだろうか。だとしたら、あの花は死者へ向けてのものという意味になる。その認識で言うと、私に送るのはおかしくないか。馬鹿げている。だって私はこうして生きているのだから。じゃあ継兎に向けたものという可能性もあるのだろうか。

 継兎の言葉に頭に悩ませている間、継兎はじっと私のことを見つめていた。

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有形感情論 玲希 @sosakusk

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