29.贈り物
それは、
窓からの日差しを感じて起きるいつも通りの朝。天気もいいし外の空気でも吸おうと玄関へ向かう。ドアを開ければいつもの何も無い緑が広がっている―はずだったのに、いつもと大きく異なる点があった。
「これ、は……」
ドアを開けて眼前に広がるのは、無造作に置かれた大量の真っ白な菊の花。とても綺麗な花なのは間違いないが、この光景は異常である。しゃがみ込んでその花々を見ると、菊の花だけではないことが分かった。蘭と百合も含まれていて、こちらも色は全て白で統一されている。これではまるで―。
「ご主人?どうしたんです?」
玄関のドアを開けっ放しでしゃがみ込んでいる様子を不思議に思ったのか、
「サプライズプレゼント……?」
本気で思っているのか分からないが、継兎の言葉に少し笑った。
「そんなことする友達いると思います?」
当然、いない。そもそもこんなサプライズプレゼントを贈るような人なら友達になりたくない。これはどう考えても色も花も意図的に選んでいる。私の考え通りなら、そんな意図で花を置いていく友達なんて欲しくない。
「でも真っ白な花で統一されてて綺麗ですね!」
継兎はそれらの花の意味に気付いていないらしい。だからこんなに楽しそうにしていられるのだ。人間社会の行事のことなんて関わることがないだろうから知らないのも頷ける。しかし意味が分かってしまうと不気味でしかない。
「きっとこれ、意味があって置かれてるんですよ」
言わなくていいかもしれないが、もしかしたら今後も続く可能性だってある。特にこういった負の感情が絡むようなことは、情報共有していた方がいいだろう。
「どんな意味があるんです?」
意味が全く分かっていない継兎は少し楽しそうにしていた。その様子を見ると、これから話すことで悲しい顔をするんだろうなと容易に予想出来てこっちまで悲しくなる。
自惚れではなく、継兎は私絡みで何かあるととても心配するのだ。それはもう、実の母親よりも気に掛けてくれると言っても過言ではない。
「ここにある花は一般的に、葬式で死者を弔うのに使用される花なんですよ」
もちろん単純に綺麗で可愛いこれらの花を愛でることもあるが、今回の場合はどう見たってそれではないだろう。悪意しか感じない。
「葬式?」
継兎の声は、絞り出すような小さなものだった。
「どこかで恨みでも買ってしまったんですかね。人付き合いほとんどないので全然思い当たることないんですけど……」
どの家でも良かった、という無差別の可能性もあるのだろう。でもこんなよく分からない方法の嫌がらせを無差別でやって何の意味があるのか疑問だ。そう考えると可能性は低い気がする。イライラしていたからという理由で、人の家のものに八つ当りして傷つけるなんてニュースは見たりする。ただ今回の件にそれは当てはまらないだろう。もし花ではなくゴミなどだったらまだ分からなくもない。でも葬式で使用する花をバラまくなんてメッセージ性のある行為は、狙った人物へ、消えてほしい人物への嫌がらせだと思うのが妥当だろう。つまり、私に消えてほしいと思っている者がいる、ということになる。
「……ご主人、これ、思い当たる人いますか?」
継兎は目の前の花をじっと見ながら呟いた。
「いないんですよね」
そう言いながら、花を一本手に取ってみる。売り物のように綺麗な花だ。萎れているわけでもなく、むしろ生き生きしていて時間の経ったものには見えない。こんな綺麗な花が自生している場所なんてこの辺にはないだろう。その辺の花屋でわざわざ買ったのだろうか。
よくもまあ嫌いな人間の嫌がらせにそこまで自分の労力をかけられるものだ。感心すら覚える。少なくとも私なら絶対にしない。嫌いなら嫌いでいいから放っといてくれ。今回の場合は直接の接触は無いが、自分からわざわざ嫌いな人間へ近づく意味が分からない。
「あくまで、可能性の話、ですけど……」
継兎はあまり言いたく無さそうに小さな声で話し始めた。
「あの、桜子さんってどう思います?」
「なんで、ここで桜子さんの名前が出るんですか」
継兎の言葉に、思わず語気が強くなる。花に向けていた視線を継兎へと向けた。これから継兎が何を言おうとしているのかが分かってしまったからだ。そしてそれは、絶対に信じたくないことでもある。
「なんで、仲良くもないご主人のところに突然来たんだと思います?」
「……やめてください」
継兎はあくまでも可能性の話だと前置きしていた。それは分かっている。それでも聞きたくない。
「普通、わざわざよく知りもしない人の家に行って、不審者の話なんてしますか?」
「……親切心で教えてくれたんじゃないですか」
信じたい。だって、あの桜子さんだ。変な企みで動く人だなんて思えない。関わったのはほんの少しの時間だ。ちょっと抜けていて変わっている人。それでも、優しくて良い人だった。くまこちゃんへの接し方からも、悪い人とは到底思えない。思いたくない。
「もし、全てが油断させる為の演技だったら?」
継兎の言葉に、胸が苦しくなる。
「なんで、そんなこと言うんですか……」
いつもなら、馬鹿なことを言うなと一蹴していたかもしれない。それをしないのは―出来ないのは、私自身も少なからず疑念を抱いているからだ。
「現時点で一番怪しいのって、桜子さんですよね」
継兎の言葉に私は、肯定も否定も出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます