28.不審者
「まずは何から話せばいいですかね?」
「変な人がどうとかっていう話、聞いてもいいですか?」
「はい。この前私がちょうど家から出る時に、目の前の通りを歩いているのを見かけたんです。やけに大きな独り言を言っているみたいで。もちろんこれだけで変な人って言ってるわけではないですよ?よくは聞こえなかったんですけど、その独り言の内容が物騒な感じで……それにもしかすると、あれは独り言ではなくて……」
「あたし達みたいな付喪神と会話してた可能性が高いと思うよお」
桜子さんの言葉が途切れたかと思えば、くまこちゃんが続けてくれた。
「なんでそう思うんです?」
くまこちゃんは思い出したくもないのか、少しむっとしているようにも見える。
「あたしは部屋の窓から見ていたんだけど、その人の鞄に人形みたいなものが入ってるのが見えたんだあ。それが器だったの」
「その器というものが……今回の場合は人形ですけど、それが実際に動いたりしていなくても、付喪神が憑いているかどうかが分かるんですか?」
「うん。付喪神同士ならちゃんと認識出来るよお」
「そうなんですね」
やはり付喪神に関しては知らないことばかりだ。
「ということは、その人はその人形を大事にしているだけの人ってことでは?」
以前に
「それも無いとは言えないけど、違うと思うなあ」
くまこちゃんの呟きに、桜子さんが続けた。
「あのね、くまこが言ってたんだけど、その人がね、くまこのことを見たんだって。じーっと見て、笑ったって言ってて。その時のくまこ、すごく怖そうにしてて……」
桜子さんがくまこちゃんから聞いた話によると、彼女がアパートを出てから、窓際に座るくまこちゃんのことを突然じっと見ていたそうだ。
「さっき付喪神同士なら認識出来るって言ったけど、それってつまり人間には認識出来ないってことなんだあ。人形は鞄の中できっと真っ直ぐ前を向いていたからあたしのことを認識なんて出来る状態じゃなかっただろうし。なのにあの人、私のことを分かってるみたいにこっち見てたの。すごいこわかったよお」
そう言って、くまこちゃんは桜子さんに抱きついた。正直この話だけでは、少なくとも私としては、そこまで不審に思う点はない。鞄に人形を入れているような人なら、ぬいぐるみも好きで偶然くまこちゃんを見たという可能性だって十分に考えられる。ただ、実際に見かけたと言う人が何らかの不信を感じているのも事実だ。
「その人って、それ以来姿を見たりはしてないんですか?」
「私が見かけたのはその一回だけです」
桜子さんはくまこちゃんの頭を撫でながら口にした。こんなことを言っては失礼かもしれないが、そんなに慌てることもなさそうな話で良かった。今のところ、ちょっと変わった人というだけの可能性が高い。もちろんこの話のことを忘れるつもりもないが、そこまで気に掛ける必要もないだろう。
「あの、その人形ってどんな形だったかとか分かります?」
今までずっと沈黙していた継兎が口を開いた。桜子さんは鞄の方は全然見ていなかったらしく、申し訳なさそうに頭を左右に振った。
「あたしはちょっとだけ見たけど、売り物って感じではなかったかなあ?」
くまこちゃんの言葉に、継兎がすかさず問いかける。
「それって、手作りってことですか?見た目は?」
「えー、どうだったかなあ……うーん……あ、黒い毛糸の髪の毛だった!」
「それ……」
継兎は考え込むように押し黙り、ゆっくり口を開いた。
「あの、桜子さん。さっき独り言の内容が良くない内容だったって言ってましたよね?どんな内容だったんです?」
「えっと、器がどうとか、見つけるとか、壊すとか……そんなことを言ってたような……」
「そうなんですね……」
継兎の様子から、もしかするとその人形―付喪神というのは知り合いなのではないかと推測出来る。
「ご主人……もし今の話の人がいたら、避けた方がいいと思います」
「それはつまり、私に関する何かがあるってことですか?」
「自分で見たわけでもないし、確信もないです。でも、避けた方がいい気がします。少なくとも、興味本位で探すようなことは絶対にしないでください」
多分、この前の件があるからこそ言っているのだろう。
「分かりました。私もわざわざ不審者に接触はしたくないです」
こんな言葉を言っても前回の件があるから継兎には疑われるかもしれないが、今回は本当に会いに行こうなんて気は全くない。
こうして桜子さんからの情報提供は終わったのだが、お互いに貴重な付喪神仲間ということもあってか、また会って話をしようということになった。実際私も、桜子さんとくまこちゃんの出会いの話には興味がある。きっと楽しい話が聞けるのだろう。
「それじゃ、お邪魔しました!」
桜子さんはくまこちゃんを入れた袋を抱えたまま玄関で頭を上げ、家を出て行った。私もそれに倣うように家を出て、彼女の姿が見えなくなるまで見送る。姿が見えなくなったことを確認して、後ろの我が家へと戻れば、継兎がぴょんぴょんと跳ねていた。
「楽しかったですね!」
「確かに、愉快な人達でしたね」
私は全く気付いていなかったのだ。桜子さんを見送るあの少しの時間で、誰かにじっと観察されていたことに―。
「みーつけた」
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