26.ご招待
二度も
そして肝心なことについて聞こうとすれば、思いもよらない提案が来たのだった。
「詳しい話はうちでしましょう!」
元気な桜子さんの声に錯覚しそうになるが、会うのは二度目で、名前を今さっき知ったばかりの間柄である。いきなり家に招待とは正気か。この短時間で、いろいろと心配になってしまう人だということはよく分かった。
「はい?」
桜子さんの提案に声を上げたのは私ではなく継兎だった。さっきまで「あわわわわ」しか言ってなかったくせに、さすがに反応せざるを得なかったらしい。
「あ!やっぱりちゃんと話せるんじゃないですか!」
桜子さんはそう言って、すかさず私の腕の中の継兎を見る。
「そんなことよりさっきのはどういう意味です?ご主人があなたの家に行くなんて駄目です。それよりあなたがわたし達の家に来た方が良いじゃないですか。ほら、うちは目の前ですし」
それはそうかもしれない。でもそうじゃない。私の言いたいことはそういうことではない。どっちの家とかそんなのはどうでもいい些事で、そもそも家に行かないといけないのか、というところが問題なのだ。
「さすがにいきなり男の人の家に行くのは…」
桜子さん、あなたもなのか。論点がおかしいと思うのはこの場に私しかいないのか。
「うちのご主人が狼になるとでも思ってるんですか!?なんて失礼な!」
お願いだから黙ってほしい。
「だって、男の人が一人で住んでいる家に入るなんてちょっと不安になるじゃないですか!」
「あの、水を差すようですけど、男一人、女一人という状況だけで言うならどちらの家に行っても変わりませんよ」
桜子さんも一人暮らしならですけど、と付け足すと彼女は私の顔を見上げた。口を開けたままぽかんとしていたが、少し経つと顔が赤くなっているのが分かる。どう考えても羞恥心からくるものだ。単純なことなのだが、本気で気付いていなかったのだろう。その様子が面白くて、少し笑ってしまった。そんな様子にむっとしている腕の中の物体。
「ご主人は一人暮らしじゃないのに!」
憤慨している継兎の言いたいことは分かる。自分もいるぞ、ということだろう。
「はいはい、継兎と二人暮らしでしたね」
「ふへへへ」
考えていたことは当たっていたらしい。左右にゆらゆら揺れながら二人暮らし
と言う言葉を反芻していた。
そんな中、桜子さんが何やら考え込むように唸っていた。
「いや、でもあの、うちの子ちょっと潔癖というか綺麗好きで外で話すの嫌だろうし」
「え?」
突然の桜子さんのカミングアウトに固まる。うちの子と言うのは子供ということか。それで一人暮らしとなると、まあそういうことなのだろう。今はたまたまお子さんが家にいるのだろうか。少し思考を巡らせてしまったが、人様の家のことなのだから、変な詮索はしない方がいいだろう。
「私が聞きたい内容が、桜子さんのお子さんにも関係するってことですか?」
私がそう聞けば、桜子さんは何を当たり前なことを聞くのだろうと言わんばかりの、不思議そうな顔をした。
「むしろ、うちの子がいないと話が進まないじゃないですか」
「私の聞きたい内容というのは、あの……動くぬいぐるみについてなんですけど」
ここで言葉を濁しても意味はないと判断し、はっきり言い切った。彼女には確かにそういう存在を知っている言動があった。だから言っても問題ないだろう。もし私の勘違いでも、そういうAI搭載のぬいぐるみの話だと言えば切り抜けられる。この短時間でも桜子さんの人となりはよく分かったので、こんな言い訳でも切り抜けられるという自信がある。
「ですよね?だからうちの子と話してもらおうと思うんですけど……」
話が食い違っているわけではなさそうだ。
「そうなると私が桜子さんの家に行った方がいいですかね……」
小さな呟きだったが、継兎はそれを聞き逃さなかった。
「その子がうちに来れば良いじゃないですか!」
継兎はどうしても私が桜子さんの家に行くことが嫌なようだ。桜子さんは下を向いて少し悩むそぶりを見せたが、すぐに笑ってこちらを向いた。
「じゃあ、あの子を連れてきますね!嫌だーって駄駄こねるかもしれないですけど、きっと仲間には会いたいだろうし。抱っこして連れてきます!」
「あの、そんな無理しなくても」
“仲間”という言葉に引っかかりを覚えつつも私がそう言えば、彼女は被せ気味に言葉を発した。
「大丈夫です!なんなら大きな袋に入れて連れてきますから!」
「袋!?いやそれはいろいろとマズいのでは」
私の反応を見る間もなく、桜子さんは走って自宅へと戻って行った。
「子供って袋に入れて連れ歩くんですか?」
彼女のあの発言は継兎にさえ疑問だったらしい。
「少なくとも私はそんなの聞いたことないですね……」
一抹の不安を覚えつつ、彼女の後ろ姿を見送った。
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