25.ご近所さん

「今日は良い天気なのでひなたぼっこ日和ですね!」

 窓から入る日差しを浴びながら継兎つぐとが言う。

「洗濯しましょうか?」

 私がそう言えば、継兎は少し悩んだあと首を横に振った。

「まだ洗濯はいいです。それよりも外で遊んできますね」

「……その姿で?」

 基本的に継兎はぬいぐるみの姿で過ごしているので、今も当然その姿だ。その姿で遊ぶという光景を想像してみてほしい。外でよく分からないぬいぐるみが動き回っている。恐怖でしかない。いくら私の家の周りにあまり家が無いとはいえ、人が全く通らないわけではないのだ。そもそも、前の洗濯の時の件もある。うちはお化け屋敷と呼ばれているらしいので、馬鹿な見物人が来ないとも言えない。そういう輩に動き回るぬいぐるみが見られてしまったら、なんて考えたくもない。

「大丈夫です!人の気配を感じたら逃げます!」

「不安しかないですけど」

「じゃあ動かないでじっとしてます!」

 そう言うと私の返事も待たずに玄関へ向かい、さっさと外に飛び出して行った。

 人が来ないとも言えない、というくらいなので来る確率の方が圧倒的に低いのだから多分何も起こらないだろう。そう思いながら外に飛び出す継兎を見送ったわけなのだが、そういう時に限って普段と違う予想外のことが起こったりする。


「あわわわわわ!!!」

 普通の人ならまず口に出すことはないであろう鳴き声にも似た声が外から聞こえてきた。そんな言葉アニメでしか聞いたことがない。いや近頃はアニメでも聞かないかもしれない。飛び出した勢いそのままに玄関が半開きになっていたとはいえ、なかなかの声量である。

 早速継兎に何かがあったとしか思えない不安を覚え外に出れば、頭を抱える光景が目に飛び込む。

「この子も喋るんですか!?」

 あわわわと無限に呟く継兎が、女性に抱きかかえられていたのだ。

 思わず顔をしかめてしまった。言わんこっちゃない。

「それはですね、あの、AI搭載していまして…」

 とにかく誤摩化さなければ、と思い無理があると分かっていてもそんな言葉しか出て来ない。

「手作りでAI搭載までしているんですか?」

 すごいですねーなんて呟く彼女の言葉に一瞬言葉が詰まる。この短時間のやり取りで手作りなんて会話はなかった。もちろんこのぬいぐるみの作りを見て手作りだろうと容易に想像は出来るのだが、あまりにも言葉が確信めいている。

 そんな私の様子を見て、彼女は少しむっとしていた。何か気に触ることでもしてしまったのだろうか。

「この子を助けてあげた私のこと、覚えてないんですか?」

 なんてちょっと恩着せがましかったですね、と彼女はすぐに笑ってみせたのだが、そこでようやく気付いた。

「あの時の」

「はい!あの時の、です。ここから数分で着くところに住んでるのでいわゆるご近所さんですね」

 洗濯していた継兎が子供達に連れ去られた時、わざわざ継兎を返しに来てくれた女性だ。まさかまた会うことになるなんて思わなかった。しかもこんな形でなんて、最悪な再会だ。相変わらず継兎は壊れたおもちゃのように「あわわわわわ」と呟いている。このままなら本当に壊れたおもちゃで通せるかもしれない。

「この子、普通に玄関から飛び出してきたんですよ!もう私ビックリしちゃって。でも嬉しそうに勢い良く出てくるのすっごく可愛かったです!」

「あ、はい…」

 彼女の熱量に若干引き気味に頷き、差し出された継兎を受け取った。

「ビックリしましたけど、やっぱりそれ以上に可愛い!って気持ちが勝ってしまって。本当に他にもいるなんて嬉しいなあ」

 彼女のその言葉に反応しないわけにはいかなかった。

「それってどういう」

「あ!!」

 私の小さな問いかけは彼女の言葉に簡単に掻き消されてしまった。

「私、あなたにも伝えようと思って来たんだった!」

 思い出したと言わんばかりの顔で彼女は私に向き直り、ぬいぐるみの話をしていた時とは打って変わって真剣に話し始めた。

「なんだか最近、変な人がうろうろしてるみたいなので、お兄さんも気をつけた方がいいですよ」

「変な人なんて結構どこにでもいません?」

 彼女の言葉を聞いての率直な感想だった。しかもわざわざ仲が良いわけでもない私のところに連絡に来るほどのことだろうか。

「その変な人、私も一度だけ見たことがあるんですけど……服がすごい派手で、目がギラギラしていて怖そうな感じで」

「単純にチャラチャラしているだけでは?」

「違うんです!あの子も近づかないでって言ってましたし、多分……その子があの人を見たら怖さが分かると思います」

 そう言って彼女は、私の腕の中で壊れたおもちゃになっている継兎を指差した。


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