22.瓦落多屋

 翌日、早速あの場所へ行ってみることにした。継兎つぐとには買い物に行ってくると伝えてある。行くとはいっても、もちろんあの女性に会えるなんて思っていない。確率で言えば0に近いとすら思っているくらいだ。それでも、会えるかもしれないその僅かな可能性にかけたのだ。会えれば御の字。会えなければ継兎に伝えた通り、その辺で買い物だけして帰ればいい。継兎の喜びそうなお菓子でも探してみるか。

 向かう途中で思い返すのは、彼女のあの言葉。どう考えても私に対してのものだった。特に変なことをした覚えもなければ、彼女にあそこまで言われる何かをした覚えもない。昨日から既に何度も考えていることを改めて考えていれば、あっという間にあの女性に会った通りに着いていた。

 そして当然、その人の姿はそこにはなかった。ほとんど期待なんてしていなかったのだから、落胆も何もない。どうせ会えないと諦めてもう買い物でもするか。それとも、もう少しだけこの辺りで待ってみるか。どうするか悩んでいれば、路地裏の方から声が聞こえた。

「お?もしかしてお客さん?」

 声のする方を見れば、髪を後ろで結んだ小柄な男性が立っていた。若く見えるが、学生だろうか。しかし今は平日の昼間だ。そして今の発言から考えるに、どこかの店で働いている社会人だろうか。

「えっと」

 私が問いの意味を考えていると、男性は笑って続けた。

「あー、悪い。うちの看板の前にいたから、客かと思ってさ」

 まあ客なんて滅多に来ないけどな、なんて言って笑っている。明るくて人の良さそうな男性だ。男性の言った看板はどれのことかと周りを見ると、そこには“路地裏 瓦落多屋”の文字が書かれた看板あった。そういえば、あの時気になっていた看板だ。

「どんな店なのか興味はあります」

「じゃあ着いて来な。客なんて全然来ないから俺もう暇で暇で。マジで変なもんしかないから、客来ないのも納得なんだけどさ」

 男性はそう言って路地裏から手招きした。私が着いて行けば、すぐそこに大きく“瓦落多屋”と書かれた、古びた木製の看板を掲げた店があった。

「好きに見てってよ」

 男性はそう言うと、奥のカウンターへと姿を消した。お言葉に甘えて見ていれば、男性の言っていた通りというか、店名通りと言うべきか。確かに変なもの、がらくたしかない。大きいものなら壊れた椅子などの家具、小さいものなら何かの機械から取り出した半導体のようなもの。ビー玉や欠けた積み木なんかもある。しかも商品の置き方も統一性が無く、雑多である。そもそもこれが商品と言えるのか。あえてこれらの共通点を挙げるならば、どれも古そうで年季が入っているということだろうか。

 客は滅多に来ないと言っていたが、一応来ることはあるということか。どんな人が来るのだろう。そんなことを考えていた時、足音が近づいてきた。客が来たのかと思い出入り口を見れば、まさか会えるとは思っていなかった人物がそこにいた。

「なんで、ここにいるの」

 相手も、まさかここで会うことになるとは思っていなかったのだろう。心底嫌そうな彼女の表情と言葉に、こちらも良い気はしない。

「昨日はどうも」

 思わずそう声を掛けていた。

「なんで、そんなのがいんの?なに入れてんの?」

 彼女は不機嫌な様を隠す様子も無く、私のことを指差して、カウンターにいる男性に向かって声を上げた。

「なんでって言われてもな。店に興味あるって言ってくれて今店内を見てくれてんだから、それはもう客だろ」

 どうやら、彼女はこの男性と知り合いらしい。

「信じらんない。昨日話したでしょ。それが、これなんだけど」

 嫌そうに言った女性の言葉に対し、男性の目つきが一瞬変わったように感じた。もしやこれは、逃げた方が良いのだろうか。そう思い後退れば、急に詰め寄ってきた男性に両肩を掴まれた。これでは逃げようがない。

「あんたが!そっかそっか!マジか!すげえ普通じゃん!」

 拍子抜けだった。男性は私の肩をぽんぽんと叩きながら笑っている。この男性は私に対して敵意とか嫌悪感とかはないのだろうか。少なくとも、表面上はそういった負の感情は見えて来ない。女性の方は隠しきれないほど感じるし、そもそも隠すつもりもないのだろう。

「あの、昨日そこの女性に言われた言葉が気になっていたんですけど。どういう意味で言っていたんですか?」

 私の言葉に、すかさず女性が口を挟んだ。

「そのままの意味なんだけど」

「それが分からないから聞いているんですが?」

 少し苛ついてしまい言葉にそれが滲み出る。これだけの態度を取られればそれも仕方ないと思う。女性はむすっとしていて、私と会話をしたくないらしい。すると、その様子を見かねてか、男性の方が口を開いた。

「俺から言っても良いけど」

 そこで一区切りしてから、ゆっくり続けた。

「でも多分、それは俺らが言うことじゃないと思うんだよな。そもそも言っても理解してもらえなそうだし?自分で気付くか、あるいは――」

 男性はそこで私の背後、店の出入り口を見た。

「あの子に教えて貰うか、かな?」

 その言葉に振り返れば、そこには人形の姿の継兎が立っていた。


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