21.夕飯

帰宅したはいいが、どうにも雰囲気が暗い。

せっかく約束をするという形で、いい気分で遊園地を出ることが出来たというのにこれでは意味がない。それもこれも全てあそこで話かけてきた彼女のせいだ。一体何者なのだろう。多分、継兎つぐとの知り合いというわけではないと思う。


とりあえず、私はさっさと夕飯をすませたいのでカップ麺でも食べることにした。ポットにまだお湯が残っているのでそれを注ぐ。静かな部屋に、お湯を注ぐ音だけが響いた。

継兎がこんなに静かなのも珍しい。原因は考えるまでもなくあの女性のことだろう。またあの場所へ行けば、彼女はいるのだろうか。行って会えたら、あの言葉の意味を聞くことも出来るだろうか。


「ご主人」


家に帰ってきてから一言も発さなかった継兎がようやく声を出した。

画面のついていない真っ黒なテレビの前で体育座りをしていた。

私はカップ麺の蓋を留めながら耳を傾ける。


「気にしちゃだめですよ」


足を抱え込んで、顔を埋めている為、継兎の声はくぐもっていた。私が思っているよりも継兎はあの言葉を気にしているようだ。


「私よりも継兎の方が気にしてるように見えますけどね」

「そんなことないです」

「そうですか。じゃあなんであの時、自分から話かけたくせに、たった一言で逃げるように帰ったんですか?」

これはずっと気になっていたことだ。

あの一言で、まるで何かに気付いたかのように、逃げたように見えた。


「わたしが人形だとバレたのかと思って」

確かにそれは最初私も思ったことだ。でもきっとそれは違うだろう。

彼女は確かに、継兎に向かって聞いたのだ。なんでそんなのと歩いているのか、と。この場合、彼女の言う“そんなの”は私ということになる。

私がどうだったというのか。

特別変に思われるようなことをした覚えも、言った覚えもない。


「とにかく、あんな変な人のこと気にしちゃだめですよ」

「だから気にしていませんって」

そう言いながらも、私は既に彼女と会ったあの通りに行く気でいた。

ただ行ってみるだけだ。あの辺に住んでいる人なら会えるかもしれないし、行くだけならいいだろう。ただ、継兎にはバレないようにしないといけない。バレたら絶対止められる。


そんなことを考えていたら既に10分は経過していて、夕飯のカップ麺はかなり汁を吸って麺が伸びていた。普段ならげんなりするところだが、昼食が抜きだったわけだしこれくらいでちょうどいいかもしれない。

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