21.夕飯

 帰宅したはいいが、どうにも雰囲気が暗い。せっかく約束をするという形で、いい気分で遊園地を出ることが出来たというのにこれでは意味がない。それもこれも全てあそこで話しかけてきた女性のせいだ。一体何者なのだろう。多分、継兎つぐとの知り合いというわけではないと思う。そもそも継兎は今までずっとぬいぐるみとして私の実家にいただろうし、外での知り合いなんてものは皆無だろう。逆を言えば、あの家の中にいたものしか知り合いはいないと言える。継兎のこれまでの歩みなんてものは知らないから断言はできないが、私が実家に戻るまでずっとあのおもちゃ箱にいたことを考えればほぼ確実だ。だとすると、あの女性も実は人形で、実家にいたことがあるのではないか、という可能性も出てくる。しかしそうなると継兎だけでなく私とも面識がないとおかしい。面識があった上であの反応、というのは変な気がする。だからきっと知り合いではないはずだ。知り合いであってくれた方がいろいろと納得がいくというのに、謎は深まるばかりで考えれば考えるほど頭が痛い。

 考えたところで答えが出るとも思えない。たくさん頭を使ったらお腹が減ってきた。ずっと何も食べずに遊んでいたことを思い出す。こういうのは厄介なもので、一度気付いてしまうとそれにしか頭がいかなくなるのだ。

 とりあえず、私は空腹を満たす為さっさと夕飯を食べることにした。とは言っても何も準備していないので素早く手軽に食べられるカップ麺でも食べることにする。台所にある食器棚の一番下を開け、いくつかあるカップ麺の山から適当に一番上のものを手に取る。ポットにまだお湯が残っていることを確認し、それを注ぐ。静かな部屋に、お湯を注ぐ音だけが響いた。継兎がこんなに静かなのも珍しい。原因は考えるまでもなくあの女性のことだろう。

 またあの場所へ行けば、彼女はいるのだろうか。もしも行って会えたら、あの言葉の意味を聞くことも出来るのだろうか。

「ご主人」

 家に帰ってきてから一言も発さなかった継兎がようやく声を出した。画面のついていない真っ黒なテレビの前で体育座りをしていた。私はカップ麺の蓋を留めながら耳を傾ける。

「気にしちゃだめですよ」

 足を抱え込んで顔を埋めている為、継兎の声はくぐもっていた。私が思っているよりも継兎はあの言葉を気にしているようだ。

「私よりも継兎の方が気にしてるように見えますけどね」

「そんなことないです」

「そうですか。じゃあなんであの時、自分から話しかけたくせに、たった一言で逃げるようにして帰ったんですか?」

 これはずっと気になっていたことだ。あの一言で、まるで何かに気付いたかのように、逃げたように見えた。

「わたしが人形だとバレたのかと思って」

 確かにそれは最初私も思ったことだ。実際に“人形”という言葉も出てきたわけだし、驚くのは無理もない。でもきっとそれは違うだろう。少なくとも、あの場から離れようと決めた一番の理由ではない。彼女は確かに、継兎に向かって聞いたのだ。なんでそんなのと歩いているのか、と。この場合、彼女の言う“そんなの”は私ということになる。私がどうだったというのか。特別変に思われるようなことをした覚えも、言った覚えもない。

「とにかく、あんな変な人のこと気にしちゃだめですよ」

「だから気にしていませんって」

 きっと継兎は、自分に関することだけならあそこまで反応してすぐに離れようとはしていなかったはずだ。自分じゃないから、私に関することで何か重要なことを言ったから離れたのだ。

 継兎と初めて会った時から感じていることがある。継兎は私と友好的だが、時々品定めをするような目で見てくることがある。友好的だが、どこかで線引きをしているようにも感じる。私に関して、私自身が知らない何かを継兎が知っているような気がするのだ。もちろんそれが何かなんて分からないし、確証だってない。もしかしたら私の考え過ぎかもしれない。それでも、継兎は何かを隠しているという気持ちはずっと消えない。

 だからこそ、私は既にあの女性と会った場所に行く気でいた。あの辺に住んでいる人なら会えるかもしれないし、会って話を聞くことが出来るのなら何かが分かるかもしれない。会えたとしても、あの時の態度を考えるとまともに話せるかどうかは怪しいのだが。それでも、行くことはもう決めたのだ。

 ただ、継兎にはバレないようにしないといけない。バレたら止められることは明白だ。

 そんなことを考えていたら既に10分は経過していたようで、夕飯のカップ麺はかなり汁を吸って麺が伸びていた。普段ならげんなりするところだが、昼食が抜きだったわけだし、これくらいでちょうどいいかもしれない。


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